暗闇の中。カーテンに閉ざされた窓の端から僅かに漏れる月明かりが、 激しく動いている二つの影をくっきりと照らし出している。 その姿形ははっきりとしないものの、連続して聞こえる呼吸の音や、 それに合わせて漏れるように発せられる声と粘液系の音は、 その部屋全体に卑猥な香りを漂わせるのには充分なものとなっていた。 「はぁ・・・っぁ、つっ・・・あ、ぁああ、ふぁっう・・・あぅ・・ん・・」 「ん・・・っ・・・あ・・・」 布団の上で、長い髪を靡かせて、まるで無邪気にじゃれ合うかのように交わっているのは、二人の容姿端麗な少女―   「はぁっ・・・こ、Correct!!これく・・ぁう・・・っ、Correctです・・・っ隆士・・・さんっ!」 「う・・んっ・・・・くっ・・あ、あ」    ―いや、男女。 事の起こりは、数日前に遡る。 白鳥隆士が蒼葉梢と恋人同士、という関係となったことにより発生した、 各人格の記憶の統合という現象。それは当然のように、 白鳥とそれぞれの人格との関係を激変させるものとなった。 面識はあるし、信頼のようなものこそ寄せているものの、 突然その人物=白鳥を「恋人」として意識せねばならないのだ。 例え好意を寄せていた人物とであったとしても、それに混乱を覚えないでいることなど出来ないだろう。 ましてや、赤坂早紀や緑川千百合といった白鳥に対し、 必ずしも好意的に接してくれていたわけではない人格たちにとっては尚更のことである。 当の白鳥としても、この事態に対しては、ともすれば本人たち以上に悩んでいたし、 時間さえあれば妥当な解決策を模索していたのだが、 結局は「実際に会ってみなければどうなるかわからない」としか言いようが無いのが現状であった。   「わ、私としてはあなたのような・・だ、男性を恋人・・・などとっ、認めたくは無いのですが・・・」 そんな中で、千百合との関係が一転したのは、白鳥にとっても意外なほどに突然のことであった。 深夜、白鳥の部屋を突如訪れた千百合は、 はっきりと言葉には出さないものの、明らかに彼と男女の関係を結ぶことを望んでいたのだ。 「え・・・?で、でも、千百合・・ちゃん、い、いきなり、そんな・・・」 「だ、だって・・・仕方ないじゃないですか。あなたのことが・・・こんなに好きなのだか・・・らっ・・!」 思わず赤面する二人。白鳥にしても、梢関係でこのような事態を迎えたことは1度や2度ではなかったのだが、 それでもこういった告白―と、 呼べるものなのかどうかはともかく―を受けるのには慣れることなど出来そうもなかった。 しかし、千百合の動揺は自分の比ではないだろう。それは白鳥の目にも明らかだったので、 そのような感慨はすぐに捨て去り、 今は目の前で怯えたかのような表情で座り込んでいる少女のことを必死で考える。 「千百合ちゃん、その、だけど、さ。千百合ちゃんが僕のことを好きだって言ってくれるのはもちろんうれしいけど・・・ 幾らなんでも、その、いきなり・・そういうことをする、っていうのはちょっと急ぎすぎじゃない・・・かな?」 必死に言葉を紡ぎ、声をかけてみる。 「ですが・・・私には、あなたに対して、他に何をしてさしあげればいいのかが・・・」 千百合が白鳥との関係を求めたのも、おそらくは共有されている記憶の影響であろう。 梢の記憶、早紀の記憶、魚子の記憶、棗の記憶・・・そういったものを共有出来ていたとしても、 各人の白鳥の対する接し方・愛し方というものは、 それぞれがそれぞれの個性を持っているからこそ実践できるものであり、千百合に真似できるものではない。 男性嫌いで、自らのスタンスを崩すことを許さなかった彼女には、 どうしても「自分らしい」恋人との接し方が思いつかなかったのだ。 だが、嫌でも共有させられる記憶は、白鳥との「恋人同士らしい時間」を強制してくる。他の人格たちのように、 その感覚と上手く折り合いを付けられなかった彼女が最終的に選んだ手段はこれしかなかったのだろう。 「隆士・・・さん・・・」 自分に出来ることは、こうすることしかない、とでも言うかのような視線。 それは、当然のように他のどの人格が見せるものとも違ったものであり、 その魅力もまた、彼女独特のものであった。 「千百合・・・ちゃ・・・ん・・・」 白鳥にしても、彼女は大切な存在であることには変わらない。 彼女のためにしてあげられることがあるのなら、という彼の信念は、決して揺らぐことは無いのだ。 ゆっくりと互いの体を抱きしめあう二人。 互いの体温の確かさを感じながら、二人はそのまま、布団へとなだれ込んでいく―と、白鳥は思ったのだが、 「ちょっと待って下さい・・・一つだけ・・・良いですか?」 今までの深刻な表情から打って変わったかのように、にこっという可愛らしい微笑みを浮かべながら千百合が言った。 「・・・え?」 ・・・その「条件」こそが、布団の上で仰向けになり、千百合にされるがままに責められている白鳥隆子の姿であった。 (な、なんで・・・こんな格好・・・) 恋人との関係と自分のスタンスの両立―これが、千百合なりの「折り合いの付け方」であった。 「ああ・・・ふ、ふたなり少女と考えると・・・異常でありながらもそそる所のある、 希少性の高いシチュエーション!・・・Correct!!・・っCorrect!!」 「そ、そんな・・・ぅ・・あ・・・ああっ」 白鳥に覆いかぶさるかのような格好になった千百合は、白鳥の胸から下腹部にかけて、ゆっくりと舌を這わせていく。 「ちょ・・ちょ・・・っ、そんな風にされたら・・・あっ、千百合ちゃん、駄目だって、っばあ!」 ゆっくりと、性感帯を確実に選びぬいて、舌は白鳥の身体を這う。 白鳥は、その今までに感じたことも無い異様な快楽の前に、竦みあがってしまったかのように動くことが出来ずにいた。 「ふふ・・そう言いつつも、あなたが感じている快楽は確かなもののはずです! さあ、私との愛情をより確かなものにするべく、それを受け入れるのです!」 さらに、千百合は自分の衣服を少しはだけさせると、 その全身を白鳥の身体に重ね、さらに激しく、白鳥を責めたてていく。 「あん、ぁあ、千百合ちゃ・・・そんなことっ、されちゃ・・・僕・・・僕・・・」 千百合の両手が、白鳥の局部へとのびていく。 その結果訪れるであろう快楽に恐怖を感じた白鳥は、自分の両手を使って必死にその進撃を止めようとするが、 抵抗あえなく、千百合の両手は白鳥の性器を弄び始める。 まるで、不定形のスライムのように纏わりつき、その全体をじっくり、内部まで浸食するかのような愛撫。 「ふゃあっ!ち、千百合ちゃ・・ぼ、僕・・も、もう・・・」 「ああ・・・どうしてあなたという人は・・・こんなに可愛らしいのですか・・・ぁ」 下腹部を覆っていた、おぞましいほどの感覚が突然消えたかと思えば、今度は口内に何かが進入してくるのを感じる。 白鳥は、快楽に耐え抜こうとして閉じられていたその目をそっと開いて、その正体を確かめる。 「ぅんゅ・・・くゃあ・・・っ」 「あなたの身体の感度・・・ああ、なんて素晴らしいのでしょうか。本当に、これで女の子じゃないなんて・・・っ」 目の前には恍惚とした表情の千百合が、はあはあ、という強い呼吸を繰り返している。口内に侵入していたもの― 千百合の舌は、白鳥のそれと絡み合い、くちゃくちゅといった音を立てながら、 まるで別の生き物のように、これ以上無いというぐらいに熱く、深いキスを続けていた。 (ち、千百合ちゃんの・・舌の動き・・・凄・・・ぃ・・) あくまでも、相手との愛情を確かめ合い、深め合うことが主目的だと思っていたキスが、 こんなにも卑猥で快楽的になるなんて、と白鳥は感じる。 まるで、自分の口内が女性器で千百合の舌が男性器になったかのように錯覚してしまいそうなほどだった。 上半身が強い快楽に打ち震えていると、 今度は中途半端なままで放置されていた下半身が千百合に攻められることを望みはじめる。 先程までは恐ろしさを感じていたあの感覚が欲しくてたまらなくなる。 「あぁっ、千百合ちゃ・・・も、もっとぅ・・・」 もう、何も考えられそうに無い。無意識のうちに、 自分からその猛った下半身を千百合の眼前に突き出し、彼女の責めを求めていた。 「ふふ・・・それではそろそろ・・・達させてあげましょうか・・・」 千百合の両手に加えて、その唇と舌、口内全体が、白鳥の性感帯を包み、弄ぶ。今にも絶頂を迎えてしまいそうだが、 達しそうになると、まるで意地悪に焦らすかのようにその動きが突然止まり、 白鳥が正気を取り戻しそうになると、その動きが突然激しさを増していく。不規則でありながらも、確実な快楽の連鎖。 「ぁ、あうあぁあぅううっ!ちゆ・・・りちゃ・・あっ!んぅっ、も、もう、駄目だってばぁ・・・っ」 「はぁ、はぁぅっ、あ、あなたの感触…こ、これくと・・・これくとっ・・ですっ」 熱い吐息が、敏感な状態となっている白鳥の粘膜部分に刺激を与える。 今や、千百合の責めは、それ以外の部分―普段は意識したことも無かった部位にも及び、 白鳥の下腹部全てに最大級の快楽を走らせている。 「・・では・・・っ、いきますよ・・・っ」 千百合が白鳥の一部を口に含み、その柔らかな唇で愛撫を開始した瞬間、自分の精巣がこれまでなかったほどの熱を発し、 どくり、と動いたのが白鳥には確かに感じられた。 千百合の右手と舌は、そのまま白鳥のもっとも敏感な部分を責めたて、完璧な絶頂を迎えるのを手助けする。 「ちゅあっ!ち、ちゅりちゃぁっ!!ぅんぁぅああっ!うぅっくあ、あ、うあああっ!!」 頭の中が真っ白になる。下腹部では熱いものが迸る。白鳥にはもう、そんな事しか感じられなかった。 「ああっ!!これくとっ!これくとですっ・・・!!」 薄れ行く白鳥の眼には、白濁で顔を染めていきながらも、 自分と同じようにオルガニズムに達しているのであろう千百合の姿が映っていた。 翌日。 ゆっくりと眼を覚ました白鳥は、虚脱感でいっぱいになっていた。 (なんで・・・こんなことに・・・) 目の前には、昨夜の狂騒など我知らず、といった感じですやすやと寝息を立てている梢の姿がある。 とりあえず抱きしめてみる。と、彼女も眼を覚ましたかのようだった。 「あ、白鳥さん。おはようございますっ」 「う、うん・・・おはよう、梢ちゃん」 何事も無かったかのように、いたいけな表情を見せる彼女を見ているとなんだか罪悪感のようなものを感じてしまう。 おそらく、昨夜の出来事も、記憶の統合と補填の結果、 いつもと同じように白鳥と夜を共にした、というような形で補完されてしまっているのだろう。 朝食の用意のために部屋を出て行く梢の後姿を見やりながら、白鳥はひたすらな虚脱感に身を任せていた。