あれから数日が経った。 日常というものは、大抵の異常な出来事もいつの間にか日常の中の平穏の一つとして飲み込んでしまうものなのだが、 彼―白鳥隆士にとっては、それは当てはまっていないようだった。 「ふう・・・」 スケッチブックに、練習代わりの落書きなどしつつ、思わず溜め息をつく。 「なんで、こんなことになっちゃったのかなあ・・・」 手にした鉛筆は、可愛らしいペンギンやクマのようなキャラクターを描いてはいるが、 頭の中に渦巻いている憂鬱と奇妙な期待のせいでちっとも身が入りそうにない。 「ふう・・・」 先ほどから、既に何度目かわからないほどの溜め息をつき、無心に動かしていた腕を休める。 チラリ、と部屋のドアの方を見やる。続いて、足音はしないか、と耳を澄ます。 少しばかり神経質になっているのは自分でもわかっているのだが、どうしてもこの動作の繰り返しをやめられそうにない。 今夜もし・・・あの一時が繰り返されたら、と想像すると。 (大丈夫・・・みたい、だな・・・) と、ホッとする。 「さて、明日も早いんだし、寝ないと・・・」 そうやって自分に言い聞かせるかのように呟くが、同時に、自分がもう少し「彼女」を待っていたいのだということにも気付かされる。 「〜〜っ!いけない、いけないってばっ、そんな風に考えたらーっ!」 思わず叫んでしまうと、一瞬後にはそんな自分の行動全てが嫌に思えてしまう。 結局は自分の感情をうやむやのままに放置して、とりあえずその身を布団へと押し付けようと―した、その時だった。 突然、静まり返った部屋にトントン、と扉をノックする音が響いた。 「!?」 足音は、確かに無かったはずなのに。といった驚愕など、感じさせる暇も無く、 「隆士・・・さん」 緑川千百合の静かな声が、白鳥の全身を走っていった。 彼女との最初の晩のこと、そしてその感触は、今もはっきりと肉体が覚えている。 気持ちが良いとか、悪いとかではない、とにかく、自分の全てが征服されてしまったような感覚。 恐ろしいのは、その「征服されてしまっている」ということにこそ、快楽であるように感じられてしまったことである。 その狂気的な夜が明けた後は、自分はもう、正常ではいられなくなってしまうのではないかと思ったほどだ。 だが、幸いな事・・・かどうかはわからないが、日常の中ではあの異常な感覚を引きずることはなかったようだ。 夜が過ぎてしまえば、あの蟲惑的な感覚は消えてなくなっていた。 残ったものといえば、疲れからくる虚脱感と自分でも説明のつかない違和感のみだった。 とりあえず、目覚めてすぐは「きちんと顔を合わせることが出来るのだろうか」と 不安に思っていた梢とも今までと変わらずに接することが出来たし、 彼女の方も、あの晩の記憶を特に異常な形で覚えていたわけではないようだったので安心した。 だが、夜になると・・・話は別だ。 もしも、もう一度彼女が、あの感覚が訪れたら、今度こそ自分は正気でいられるのだろうか、と恐ろしくなる。 そして・・・同時に、自分の中で「あんな快楽は他に無かったのではないか」などという考えが浮かび上がり、恐ろしくなる。 だから、この数日間、夜はそういったことを意識してしまわない内に、無理矢理寝てしまうことにしていた。 そうしなければ、自分の中に湧き上がった快楽が暴走してしまうかのように思えたのだ。 もしも、あんな快楽の感じ方を求めて、梢と身体を重ねてしまったとしたら・・・そんな事は想像したくもなかった。 白鳥にとって、性交とはあくまでも愛情の延長線上にあるものだった。 だから、もしも梢の身を抱きしめたときに、「あの時とは違う」というような物足りなさを感じてしまうようなことがあったら・・・ 自分が求めているものがなんなのかがわからなくなってしまう。 ・・・だが、それでも、もしもあの夜が再び訪れたならば、その時は自分が感じた違和感と彼女との関係について、決着を付けたい。 そう、感じていた。いたのだが― 「さてさて、今夜はどのようにして、恋人同士としての正しい在り方というものを模索していきましょうか・・・?」 彼女の声は、すでに愉悦に震えている。 その手に握られているのは、あの金髪のカツラだけではない。無限と思えるほどに大量のフリルで飾られたメイド服が、彼女からの熱気を察したかのように軽く揺れている。 (さ、さすがにそれはっ・・・!?) まさか、そんなものを身に付けろ、と言いたい訳ではない、よね。という願望めいた言葉を、白鳥が口に出す前に千百合がまくしたてる。 「この衣装っ!これを身に付けてこそ、私たちは正しきニル=ヴァーナへ達することが出来るのです!そうでしょうっ!?」 彼女は既に、有無を言わせる気など無いようだった。 「い、いや、あの・・・ね?」 白鳥の目の前で、大量のフリルがバサバサとその存在感を魅せ付ける。まるで、大量の砲塔で相手への脅威を示す黒い戦艦のようだった。 「いえ、聞かずとも答えはわかっていますっ!」 そして、その大量の砲塔が白鳥に向かい一斉放射される。 「う、うわあああっ!!」 「さあっ!さあっ!さあっ!」 必死で手足をジタバタと動かして抵抗を試みるが、 千百合はそれらの動きをまるで当然のことであるかのように受け流し、白鳥の衣服を着替えさせていく。 「ちょっ、ちょっと待ってってばあっ!」 「CorrectっCorrectっCorrectっ!」 もはや、ナントカとナントカについて決着を付けたいだとか、そんな決意を確かめている隙などない。 このままでは、自分の全てが崩壊してしまいそうだ。 「そ、そっちは駄目だってばぁっ!」 「ああ、その声!その表情!まさに恋し、羞恥に怯え、体験を恐れ、なおも相手の愛を求める乙女そのものです!」 (そ、そんな風に言われてもうれしくないよおっ!) 千百合の手はなお神速を誇り、白鳥の全てを作り変えてしまう・・・下着まで。 「ううぅ・・・こんなの、あんまりだよ・・・」 本人は認めたくは無いだろうが、千百合以外の人物が見たとしても、なよなよと震えるその姿はまさに乙女そのものであった。 「さて、と、隆子さん?どうしましたか?・・・まったく。これからが本番だというのに・・・」 既に、白鳥の呼び名は変わってしまっている。 「も、もう許してよぉ・・・」 おそらくは叶うとは思えない、そんな悲痛な声は、長き夜の真の始まりを告げるものであった。 暗闇の中。カーテンに閉ざされた窓の端から僅かに漏れる月明かりが、激しく動いている二つの影をくっきりと照らし出している。 その姿形ははっきりとしないものの、連続して聞こえる呼吸の音や、それに合わせて漏れるように発せられる声と粘液系の音は、 その部屋全体に卑猥な香りを漂わせるのには充分なものとなっていた。 「はぁ・・・っぁ、つっ・・・あ、ぁああ、ふぁっう・・・あぅ・・ん・・」 「ん・・・っ・・・あ・・・」 布団の上で、長い髪を靡かせて、まるで無邪気にじゃれ合うかのように二人の身体が重なっている。 「はぁっ・・・こ、Correct!!これく・・ぁう・・・っ、Correctです・・・っ隆子・・・さんっ!」 「う・・んっ・・・・くっ・・あ、あ」 お揃いのメイド服を着込み、その身体をいやらしく重ねる二人の姿は、 他人が見れば容姿端麗な二人の少女が危険な愛情にその身を委ねているようにしか見えなかっただろう。 異常ともいえるボリュームを誇るメイド服、 二人は絶妙の加減でその肌の一部を露出させ、攻めあう。当然、その全ては千百合の仕業である。 (どうしよう・・・やっぱり、気持ちいい・・・) 為すがままに攻められる中で、白鳥は自分の中で湧き上がった快楽を否定することなど出来なかった。 あの時までは感じたことの無かった快楽。 部屋に響く粘液の音は、それをもっと欲しい、もっと欲しいと肉体が上げている甘い声のようだった。 これでは・・・まるでただの陵辱だ。 しかし、白鳥は強い快楽にその身を流してしまいたい、という衝動が自分の中で強くなっているのを感じる。 「あ、はぁんっ・・・あ、こ、これく・・・ふぁ・・・あっぁっぅ!」 為す術も無く、喘ぐ白鳥の姿に興奮したかのように、千百合も甘い声で応える。 そこには、奇妙な違和感があった。 「千百合・・・、ちゃん・・・?」 何も変わらない、いつも通りの彼女の声・・・だけれども、それはまるで、この場には妙に不似合いな気がしたのだ。 その違和感の正体を問いただそうと、まるで、その一瞬だけ正気に戻ったかのような声があがる。 が、快楽の大きな波に飲まれ、その声にはすぐに慌ただしいほどの喘ぎと息が折り重ねられていく。 これ以上されてしまったら、もう、駄目かもしれない。 そんな風に思った、その時。 突如、白鳥を襲っていた快楽の波が引いていく。 (・・・?) ちょっとした間が空いたのかと思ったが、どうもそうではないようだ。 一瞬前まで激しく白鳥の心と体を揺さぶっていた、千百合がその動きを止めている。 (・・・どうしたんだろう・・・?) 自分が正気でいられるのは喜ばしいことではあるが、突然、このように行為が中断されてしまったのはやはり奇妙である。 まさか、もっと恐ろしい事をしでかす為・・・ではないだろうか、などと想像してしまう。 しかしながら、いつまで待っても行為が再開されそうに無いので、仕方なく白鳥はゆっくりと瞼を開くことにした。 白鳥に跨る形になり、その両の手で白鳥と、そして自分の性器を重ねようとした姿勢のまま、彼女は静止していた。 「・・・・・・」 その目は何処を見ているのか、壁の辺りへ向けられていた。 「千百合・・・ちゃん?」 呆然とした表情を浮かべた千百合の方を見やって、白鳥は少し心配そうな声を上げる。 「・・・・・・・なにを、しているのでしょうね・・・?」 「え・・・?」 思ってもみなかった言葉を耳にして、白鳥の意識も一瞬静止する。 「・・・なにって・・・その、それはやっぱり・・・えっと、あの・・・恋人同士のほら、千百合ちゃんも言っていた・・・」 「でしたら・・・何故、あなたの声は、あんなに遠くに感じるのでしょう・・・?」 それは・・・白鳥が千百合の喘ぐ声を聞いたときに感じた、違和感の正体だった。 「・・・え・・・っと・・・」 白鳥には、その、自分が抱いていた疑問の答えが、 よもや千百合の口から出るとは思わなかったので、咄嗟に何かを言ってあげることも出来ない。 「・・・隆子、いえ、隆士さん・・・あなたはこの、私との行為は・・・正しいと思います、か?」 「え・・・!?」 その次に出てきたその言葉には、思わず驚愕とも言える声を上げてしまう。 だが・・・そうして、今ここで驚愕の声を上げたという事、それこそが全ての答えとも言えた。 と、同時に、先ほどまで感じていた違和感の全てが氷解する。  あれは、自慰行為の感覚だったのだ。 確かに、千百合の指と舌は白鳥の肉体を陵辱するかのように攻め、その事によって二人は互いに快楽を感じていた。 だが、それは互いの間であまりにも断絶してしまっていたのだ。 自分の快楽の命ずるままに、白鳥の身を犯していた千百合は当然として、そんな千百合と、快楽を共有しようとすることを拒否し、故に一方的かつ肉体的な快楽だけを感じていた白鳥も・・・ただ、一人で満足を得ていただけだったのだ。 だから、あの時にあげていた声はあくまでも自分だけのもの。相手に届けるためのものでは、ない。 愛し合っているはずの二人が、そのようにして快楽を得ることのなんと空しい事だろうか。 こうして、その事に二人、ほぼ同時に気付くことが出来たのは果たして幸か不幸か。 白鳥には何も言うことが出来ない。 「私は・・・果たして、あなたを愛しているのでしょうか・・・」 千百合の表情に、不安のようなものが浮かんでいるのが見える。 それはあの晩、彼女が自分の所を訪れて来た、その最初に見せたものと同じもの。 白鳥は、最初に、その彼女らしくない表情に戸惑い、そして、その後の彼女の態度から、 それは、白鳥への要求を上手い具合に通すための「芝居」のようなものだと認識するようになっていた。 だが、もしもあの時の表情に何の嘘偽りも無かったら。 「愛する人に、何をしてあげればいいのかがわからない」から、自分なりの愛し方をさせて欲しいという言葉が真実だったなら。 そんな思いから起こした行動が、自分がしていたことが、人を愛することなどではなく、ただの一人よがりだったのならば。 「あ、あの、千百合ちゃん・・・っ」 千百合の表情は、全ての不安を確信したかのように、絶望一色へと染まっていく。 「・・・なんとした、ことで、しょう・・・っ・・・私には、人を愛することなど・・・できな・・・」 「っそんなことないよっ!」 咄嗟に口から、否定の言葉が飛び出るが、その言葉は千百合の心の奥まで届かない。 「・・・私は、いつの間にか、あなたと相思相愛の関係であるかのように思い込んでいた、だけ・・・」 「そんなことっ・・・」  言葉が詰まる。 彼女たちは、白鳥が「梢に向けて」行った告白の影響を受けて、 記憶の共有化をはじめ、白鳥の事を恋人だと認識するようになったのだ。 だがその時、梢に含まれる存在であると同時に、独立した一つの人格、 一人の少女であるべき人格たちの意識は、どうなってしまうのだろうか? 確かに記憶は、肉体は、白鳥の事を「恋人だ」と洗脳してくるのだろうが、 それによって彼女たちが白鳥の事を恋人と認識するようになったのであれば・・・これは、彼女たちの存在を踏みにじるようなものだ。 そして今、目の前の少女はその犠牲となっているのではないか? (違う・・・っ) 心の中で必死に唱えてみても、言葉はそれだけで真実になってくれるわけではない。 では、梢を構成する人格たちであるならば、どんな事があったとしても、自分のことを慕ってくれるとでも思っていたのか? (違う・・・っ!) こんな風に苦悩するしかない少女に対して「梢ちゃんの症状の改善には必要だから」と、その苦悩を仕方の無いものだと片付けるのか? (違う・・・っ!!) 心の中で何度もそんな言葉を繰り返しても、次の一瞬にはそれよりも遥かに重い沈黙が訪れる。 それを打ち破ろうとして、何度も何度も否定の言葉を叫ぶ。 もしも、好きでもない相手と、このような関係を結ぶように仕向けるような意思があったのならば、そんな利己的な存在を許せるのか? そして、それが「梢のためになるもの」であったのならば・・・ 「違うっ!!」 最初は、困惑のあまり、思わず自分が叫んでしまったのだと思った。 だが、そんな白鳥も次の瞬間にはその身を現実に引き戻される。 「違う・・・違う・・・違う・・・っ、違いますっ!」 目の前で、涙を流す少女の姿の前へと。 「っ!?千百合・・・ちゃ」 「私はっ!あなたの事が好きですっ!絶対に・・・絶対、に・・・っ」 止め処なく流れる涙。そして、言葉。 呆気にとられたような白鳥の胸に、ドン、という感触が響いていく。 千百合が、泣きつくように自分の胸に頭を押し付けているのが見える。 「千百合・・・ちゃん」 そっと、その身を抱きとめて、優しくさすってあげる。 こうしてあげる事ぐらいしか、出来そうに無い自分が少し嫌になる。 だが・・・今は、少しでも彼女に安らぎを与えてあげなければいけない、白鳥はそう感じていた。 「隆士・・・さん。以前、私にどのようなことを言ってくださったのか、覚えていますか・・・?」 まだその身を軽く震わせながら、すがる様な声で千百合が問いかける。 おそらくは、白鳥が千百合と二度目に出会った時のことを言っているのだろう。 「・・・?・・・うん、当然だよ。だって、僕にとって、千百合ちゃんは大切な人なんだから、ね」 「私は・・・今の今まで、あの時の事は・・・それこそ、あなたと恋人同士になってしまう前の事でしたから、 意識すらしていなかったのですが・・・わかったんですよ・・・ あの夜、男性嫌いの私が、あなたに対してあそこまで心を開くことが出来たのは、 決してあなたが可愛かったからではなかったのだと・・・」 その声は、今までのように自分の願望充足のために放たれているものでもなければ、 先程までのような不安と絶望に押しつぶされてしまいそうなものでもない。 相手がそこにいる、という事をちゃんと確認して、ゆっくり、落ち着いて、大切な人へ自分の向けて思いを贈る。そんな声だった。 「私はあの時、あなたの事を今まで同様に自分の中の『可愛い女の子』というカテゴリーに入れたのだと思っていました。 自分は男嫌いだけれども、 この人はもう、女の子の範疇に入れてしまっても良い。そういう風に考えただけだと思い込んでいたんです」 白鳥からすれば、やはり男としてそれは、あまりうれしいことではないなあ、と、思わず苦笑してしまいそうになる。 「だけど、それは・・・違ったんです。あの時私が抱いた、あなたへの思いの正体・・・それは、きっと、そんなに大きなものでもなければ、 まだまだ正しいと言えるようなものではなかったのだけれども、 あれは確かに・・・あなたへの、そ、その、こ、恋心・・・だったん・・・では・・・ない、かと・・・」 「ち、千百合・・・ちゃん?」 思わぬ「愛の告白」に、少しばかり慌てふためく。 「・・・いつの間にやら、私があなたと恋人同士になっていたのを、知った時・・・私は・・・本来ならば、そんな事など認められなかったはずです。 だけれども、私は、自分でも驚くほどにその事実を受け入れ、その、嬉しく・・・思ったんです。 だから、あなたを愛してみたかった。私に出来る、私だけの方法で、愛する人を、包んであげたかったんです」 白鳥の両腕の中、千百合の身体が再び震え始めているのが感じられる。 そんな彼女を、もう二度と絶望の荒野へと離してしまわない様に、強く、強く抱きしめる。 「・・・私は、あなたに少しでも気持ち良くなって欲しい、一緒に、愛を感じて快楽を得たいと感じていました・・・ ですが、私にとって正しいと感じていたその方法は・・・間違っていたんです。 当然ですね・・・私は、あなたを、普段の私にとっての「可愛い女の子」の延長線上にあるものだと考えていたのですから・・・ 私と共に、同じ愛情を、快楽を感じてくれていると思っていたあなたは、まるで、どこか遠い所にいるようで・・・ 最初は、愛し合うというのはこういうものなのだと自分に言い聞かせていましたが、段々と自分が一人にされていくようで、 恐ろしくなっていったんです。結局、私はただ・・・自分が良ければ、それでいいと思っていたんです・・・ね・・・」 「そんなことないよ」 あまりにも自然な形で、白鳥の口からそんな言葉が出たことに、千百合は少し驚く。 「千百合ちゃんは・・・僕のことを、ずっと思っていてくれたのに、 僕は・・・それを受け入れてあげられなかった。わかってあげられなかった。 僕は・・・本当に馬鹿だった。ごめん・・・ごめんね・・・ ただ、僕達はどうすれば互いを上手く受け入れあえるのかがわかっていなかっただけだったのに・・・」 「隆士・・・さん?」 どうして、互いのことを意識しているのに、わかりあえなかったのだろうか。 どうして、互いにとって、もっとも正しい在り方を求め合っていたのに、それを成し遂げられなかったのだろうか。 そこにはなんの障害もなかったのに。 「僕達は、本当は、愛し合えていたはずだったのに・・・お互いに、お互いの事を理解しきれていなかったんだ。 でも・・・僕は、千百合ちゃんのその、本当の思いを知ることが出来た今なら、 それを正すことが出来る、そう確信してる。今なら、愛し合える・・・って」 それはつまり、もう一度、彼女を求めるということだった。 「・・・困ったものですね、あなたは・・・どうして、こうも・・・私の心を乱してくれるのでしょうか・・・? 先程までならば、二度とあなたに近づくことすら出来ないと感じていたはずなのに・・・今はもう・・・こんなに安心している・・・なんて・・・」 千百合は、そんな風に白鳥の言葉に答えながら、その優しい言葉をかけてくれる唇に、自分の唇を重ねる。 まるで、互いの存在を確かめ合うように、ゆっくりと時が流れる。 「千百合ちゃん・・・その、さ。やり直す・・・という風に言うと、なんだか格好悪いけど、その、えーっと・・・」 キスを終え、白鳥は、真っ直ぐに千百合の方へ向き合う。 「そう・・・です、ね。出来れば・・・今度は、その、あなたがリードしてもらえますか・・・?」 正直、千百合をリード出来るほど、自分が手馴れているとは白鳥には思えなかったのだが、仕方あるまい。 「・・・うん、千百合ちゃん。えっと・・・その、カツラは付けたままの方が良いのかな?」 ちょっとばかりの意地悪心で、そんな事を言ってみる。 「・・・必要ありませんっ・・・あなたは、そんなものなど身に付けなくても、 私にとっては、何よりも・・・どんなものよりもCorrect!なのですからっ!」 ・・・やはり、自分では敵いそうもないな、と情けないことを思い浮かべてしまう白鳥だった。 既に、互いに何も身に付けてはいない。あとはもう、愛し合うだけだ。 「ふあっぁんぅ・・・んーぅっ!はぅ・・・・っく!隆士さ・・・あ、んぅ!」 「千百合ちゃ・・・あふぁ・・・・可愛い、よ・・・」 何度も何度もキスを交わしながら、互いの敏感な部分を愛撫しあう。 常に向き合っているのは、千百合はまだ、そうしてあげないと不安になってしまいそうだったからだ。 既に、先程の行為の所為もあって、互いに受け入れあう準備は整ってはいたのだが、 二人は、こうして愛し合うことを大切にしたいと思った。 千百合の指は、先程に比べると、その動きはたどたどしいものになっているが、 白鳥にはこちらの方がずっと嬉しく、気持ちよく感じられる。 あの行為の中で白鳥が愛し合う以上の快楽を得ていたのではないかと思い込んでいたのは、 あくまでもそこに愛情が一切関与しない、白鳥からすれば異常な行為ゆえに感じた、物珍しさのようなものだったのだろう。 「千百合ちゃん・・・その・・・気持ち良い・・・?」 「・・・は、ぃ、い・・・あ、あなたは・・・ふぁあっ、どう、でしょう、か・・・?」 「もちろん。これくとだよ、千百合ちゃん。」 互いに優しい笑顔を浮かべ、互いの肉体の全てを甘く包み込もうとする。 「やっと・・・やっとわかりました・・・っ・・・これが、正しい愛し合い方なのです・・・ね・・・」 「そうだね・・・だけど・・・正解は、もっとたくさんあるはずだよ・・・これからの僕たちがすることは、 それがどんな事であっても、きっと『正しい愛し合い方』になるんだから、ね。」 そんな甘い言葉が自然と交わされる。心地の良い時間。 重ねれば重ねるほど、互いを孤独へと導いていった先ほどの行為とは違う、 一度は完全に離れ離れになってしまった、そんな二人が一つになっていくために必要な時間。 意識することなどしようともしなかった、相手の肌の温もりを、確認しあう。そんな優しい肌のふれあい。 「はぁっ・・あ・・・んう・・・」 白鳥の両手が、千百合の肌を流れていく。 その優しい感触には激しさこそ無いが、触れられた部分から身体へと安心感が浸透していくような、 今まで千百合が感じたことの無かった快楽があった。 そうやって、少しずつその本当の表情を曝け出していく千百合の姿を見つめながら、白鳥は思う。 今ならば、「彼女のために自分が出来ること」があるように思える、と。 既に、準備は終わっていた。 これからならば、どんなことになっても、互いを上手く受け入れてあげられる。そう、感じていられた。 「じゃあ・・・行くよ」 「はい・・・っ・・・!」 思えば、この前の時も、先程も、千百合は、この行為にまでは及ぼうとはしなかった。 おそらくは、彼女の男性不信が、ギリギリのところでまだ残っており、 それが、白鳥を完全に受け入れることが出来ず、あのような結果へと繋がったのだろう。 しかし、今、彼女はこうしてそれを何の躊躇いもなく受け入れようとしているのだ。 (僕が、してあげられることを) 白鳥は、彼女のそんな思いに、精一杯で応える。 「いっ・・・たくぅぁっ!う・・・えん・・・くうっあっは、あ、う、あああっ!!」 その痛みは千百合からすれば、初めての感覚である。 快楽、という点で言えば、先程までのように、自分に都合の良いように事を進めた方が、 よっぽど気持ちが良いはずだった。だが、彼女にはそんな考えなど浮かんできそうにもなかった。 「ち、ゅぁっ・・・!はあっ!あっ!千百合ちゃ・・・んっ!」 相手の体温が、熱さを増していく。 快楽は激しいものへと変貌していくが、そんな中でも、二人はもうお互いを見失うようなことはしない。 「っ・・・き、ぃあっ!すき・・・好き・・・ですっ!りゅう、しさ・・・んっ!あ、っんくふぁ、あきゅ、ぅあ、あっ!」 「ぼ・・・くっ、僕も、僕も・・・千百合ちゃんの事がっ・・・・すきっ、だよ・・・っ、好きだ・・・っ!!」 こうして愛し合える、ということを感じていたのだから、もう、何も怖いものなどなかった。 お互いの名前を呼び合い、その愛を言葉にする。その幸福に敵う快楽など、この世にあるだろうか。 そうして愛情を確かめ合いながら、二人は徐々に高まっていく。 互いの身体を、出せうる限りの力で抱きとめ、二人は激しくその身を揺り動かす。 まるで、互いの肉体の感覚の全てを、精神の味の全てを呑み込み合うかのように。 「ああっ!!あっあ・・・は・・・っあっはっああっ!!ん、ひゃ、くぁっ!!あ、はぁああっ!!」 自分の中を出入りする、その感触をもう二度と離すまいとするかのように、千百合はそれを強く受け止める。 それは白鳥の感じる快楽をさらに強めていき、彼を絶頂へと誘う。 「ちゆり・・・ちゃんっ!!っはぁ・・・僕・・・っ!」 そう、叫びながらも腰の動きは止まりそうにない。 「りゅう、し・・・さっ、あ!ええ・・・わた・・・ぁっ!私・・・も・・・!」 意識が一つに収束されていく中、二人は、互いの名前を呼び合う。 お互いの存在を確かめ合い、それを受け入れる。 二人は、やっと一つになれたのだ。  数日後。 「では、これならばどうです!?正しい服飾であると共に、あなたの感性にとってもCorrectでしょう!?」 「・・・それも・・・ちょっと・・・困る、かな・・・?」 梢とのデートの最中、ふとしたことで現れた彼女に白鳥は振り回されていた。 なんでも「これからは、男性にとっての正しい服飾もきちんと考えなければいけない!」そうで、 白鳥を引きずるように街中の洋服屋を回っているのである。 しかも、白鳥がその存在すら気付かなかったような、いわゆるなんというか、特殊な衣装を中心に扱っているお店ばかり、何件も。 「だ、だからさ、僕はこういう地味なので良いってば」 白鳥が選ぶのは、「スペランカー」だとか「SpyVsSpy」だとか「いっき」だとかいった意味不明の文字列のロゴこそ入っていれど、 どれも普段と変わり映えのしないものばかりで、 千百合の選ぶものは・・・言うまでもないようなものばかりだった。この辺りのことで意見が食い違ってしまっているのだ。 「で、ですがっ!こうして街中を二人で・・・で・・・・デー、ト・・・しているんですよ!? ならば、それにふさわしい服飾を用意せねば・・・ふ、二人の思い出を作る、という点で考えても、まったくもって間違っています!」 「だ、だから・・・って、これはさすがに・・・」 千百合に手渡された、どう見てもアニメの世界の衣装をしげしげと見つめながら、白鳥が言う。 「・・・ふう、仕方ありませんね。それでは、次のお店へ行ってみましょう」 「ええっ!?」 そう、宣言するなり、白鳥の手を引っ張って千百合が店を出て行く。もう、しばらくはこの暴走特急に付き合わされそうだった。 だが、白鳥の表情には困惑こそあれど、彼は決して嫌がっているわけではなかった。 対する千百合にしても、白鳥に対しコスプレを強要し通すわけではない。 その言動こそ、以前までと変わるところがないように感じられるが、 彼女はあくまでも、ただ単に「恋人と一緒に洋服屋を回っている」だけなのだ。 よくみれば、白鳥を無理矢理に着替えさせることなどよりも、 彼と一緒に出かけている、ということそのものを楽しんでいるのだということがわかる。 だからこそ、白鳥にしても、こうして彼女に引っ張られることを楽しんでいるのだ。 ・・・もっとも、もしも千百合にとって強烈なお気に入りが見つかってしまったら・・・と考えると、少し恐ろしくもあったが。 そして、嫌な予感というのは当たるものなのだった・・・ 「・・・Correct!や、やはり、あなたには女の子の服こそが正しい・・・そう、正しいのです!」 よりにもよってな巫女装束とスクール水着を両手に千百合が叫ぶ。 「ちょ、ちょっと待ってよっ!千百合ちゃんっ!」 商店街の中、少々騒がしくも、とても楽しそうに手を繋いではしゃぐ男女・・・ その姿は、まさに「正しい」恋人同士そのものだった。                〈おわり〉 あとがき: というわけでおしまいですよ。 本当はもう少し短くきっちりまとめたかったのに、結局変に長くてまとまりの無い話になっちゃいました(´・ω・`)トホホ 遅くなってしまいましたが、応援や批判のお言葉、どれもありがたく受け止めております。 悪い所やここはちょっと気に入ったよ、というような所がありましたら、遠慮なく仰って頂ければうれしい限りです。