-------- キラキラ --------  今日は祝日。日頃の疲れもあってか、白鳥隆士が目を覚ましたのは正午に近か った。カーテンを開けて窓を開ける。 「んー。いい天気だなぁ…」  初秋の暖かい風が優しく吹き込んでくる。隆士の少し長い髪の毛が揺れる。  昨晩は同じ鳴滝荘の住人、桃乃恵の宴会に巻き込まれることもなく、早めに床 に就いた。それは隆士にとって助かることには違いなかったのだが、一夜明けた 今日。祝日で鳴滝荘の住人の皆がほぼ間違いなく休日の今日。あの桃乃恵がなに も計画しないわけがない。生まれ持った天命なのか、白鳥はよく騒動に巻き込ま れる。鳴滝荘に越してきてから特にその頻度があがり、その騒動の主犯であるこ とが多いのが桃乃恵だった。終わってみればいい思い出にも感じるのだが、巻き 込まれている最中は思いっきり気疲れする、というのも本当だった。 「…多分今日も疲れるんだろうなぁ…」 白鳥は今日一日が終わったときの自分を思い、小さくため息を吐いた。 「しーらとーりくーん♪」  …来た。来るだろうとは思っていたが、まさかこんなに早速とは。 「ちょっといーい?」 大きな声と足音は白鳥の部屋の前で止まった。 「…ちょっと待っててください、桃乃さん。今着替えますから…」 何かを計画した恵にはもう何を言っても無駄。それを白鳥は知っていた。 「ありゃりゃ?ひょっとして着替えてたところ?ごめんねー。あ、急がなくてい  いわよー。ちょっと伝言頼むだけだから」 「…へ?」 「ほらー、今晩皆でご飯食べよってことになってたでしょ?私ちょーっと用事で  きちゃってさ。遅くなるから私の分は作らなくていいって梢ちゃんに伝えとい  てくれない?」  予想外の恵の言葉に、あっけにとられる白鳥。 「んじゃま、そーゆーことだからー。よろしくネー」 「あ、はい…」 なんとか了承の言葉をしぼりだし、いってらっしゃい、と付け足した。 寝巻を着替えた白鳥は管理人室に向かう。 「…どうして直接梢ちゃんに言わなかったんだろ?」 そんなことを考えながら管理人室の前に着くと、名前を呼びながらノックした。 「梢ちゃーん。ちょっといいかな?」 ・・・・・・。返事がない。 「…あれ?炊事場かな…?」 「…梢ちゃーん?」  梢の名前を呼びながら炊事場を覗き込む白鳥だったが、探している人物はみつ からなかった。 「あれー?おっかしいなぁ…どこ行っちゃったんだろ?」 「あ。おーいお兄ちゃーん。おはよー!」 首を傾げながら炊事場を出た白鳥に元気な挨拶を投げ掛けてきたのは黒崎朝美。 後ろには、その母・沙夜子もいた。 「あ、おはよう、朝美ちゃん」 二人の腕には、もう若干デフォルトになりつつある段ボールが抱えられていた。 「…あ…内職?…もしよかったら手伝おうか?」  せっかくの休日を内職の手伝いで終わらせるのもどうかと思ったが、サボり癖 のある母を隣に、せっかくの休日までも健気に内職に費やす朝美を放っておける ほど、白鳥は薄情ものではない。 「あ、違うの。今日は内職じゃないんだ」 「え…?」  恵に続き、朝美からも予想外の言葉が返ってきた。 「今日は公園に銀杏拾いに行くの!この秋は焼き銀杏で美味しく乗り切るよー」 「焼きぎんなん…」  幸せそうに笑顔を浮かべる朝美。その横で段ボールを高く掲げて呟く沙夜子。 「そ…そうなんだ…。頑張ってね…」 「うん!それじゃ行ってきまーす」 「…行ってきまーす…」 母の手を取り元気に駆け出す朝美。 「あ…!朝美ちゃん!梢ちゃん見なかった?」 ふと思い出し、二人の背中に呼び掛けた。 「お姉ちゃんなら今朝早く学校に出かけたよ?なんだか行事があるんだって」  そうだったんだ…なるほど。ポンッと手を叩く。 「そっか。ありがとう」  どういたしまして、と言って玄関の方に走っていく朝美。ボーッとその姿を眺 めながら、今日は久しぶりにのんびりできそうだな、と白鳥は思った。  …そして、すぐにその考えは甘いと考え直した。そうだ。まだ茶ノ畑珠実がい る。こういうノンビリできそうなときに限って、珠実がやっかいな頼み事をして きて、断ろうとすればいつの間にか撮ったあんな写真やこんな写真で脅され、結 局引き受ける羽目になってしまう。 「珠実なら梢と一緒だゾ」  突然後ろから声が聞こえた。 「わあっ!!は…灰原さん!?」 「何だヨ、ビックリするとは失礼だナ」 「いや…まあ…すみません…。でもどうして僕の考えてることが?」 「お前は考えてること顔に出し過ぎなんだヨ」  そういえば前にも指摘された気がする。 「そ…そうなんだ。そっかぁ…珠実ちゃんも一緒かぁ…あはは」 照れ隠しのため少し大袈裟にリアクションする。早く話を逸らさなくては。 「えっと…灰原さんは今日もここでゆっくりですか?」 「いや、今日はちょっと買い物に行って来るゼ。本屋でいい小説見つけたら遅く  なっちまうかも知れねーナ。ま、晩飯までには帰るからヨっ」  そう言うと灰原さんも玄関の方に消えていった。…これで、今鳴滝荘にいるの は白鳥だけになってしまった。 「ぼ…僕も散歩にでも行こうかな…」 なんだか寂しくなった白鳥は、少し大きな声でそう独り言を言うと、炊事場で朝 食件昼食を食べて、外に出かけることにした。  ブラブラと行く当てもないまま街を歩いていると、見慣れた商店街に行き着い た。ホントに特に用事はないが、なにか暇を潰せるようなことがみつかるかと思 い、商店街に入っていく。 「…阿甘堂かぁ…ちょっとたい焼きでも買っていこうかな…すいませーん」 「あらいらっしゃーい。たい焼きかしら?」 「あ、はい。2つお願いします…はっ!?」 「?」  白鳥の第六感がピキーンと反応した。間違いない、トラブルに巻き込まれる。 おおかた、たい焼きの分け方で子供同士が喧嘩を始めるとか、桃乃さんが僕の名 前でツケているとか、なんだか変な喋り方の人に不良債権買わされたりとか… 「はーいお待ちどうさまー。冷えても美味しいけど、温かいうちに食べてね」 「…へ?」 「どうもありがとうございましたー」 「…ふ…普通に買えちゃった…」  どうもおかしい。いや、傍からコレが見れば極普通の一日かもしれないが、あ の白鳥の一日がこんなにスムーズに流れていくのはあまりにも不自然だった。公 園のベンチに座り、そんなことを考えていた。 「なんだか…良いことなんだろうけど…調子狂うなぁ…」  小さく呟いて、空を見上げた。秋の、とても高い高い空だった。  とたん、捉えようのない不安に駆られる。…いや、違う。不安によく似ている けど、これは不安じゃなくて…寂しい、って気持ちだ。秋の空は、なんだか見て いると寂しい気持ちになるときがある。雲がとても高い場所に流れていて…風が 少し冷たくて…なんだか人恋しくなる。 「…帰ろう」  そうだ、家に帰ればきっとみんながいる。そしたらこんなにセンチメンタルな 気持ちなんて、あっという間に吹き飛んでいく。白鳥はスッと立ち上がると、何 か怖いものから逃げるように、早足で家路についた。  鳴滝荘には、まだ誰も帰っていなかった。途端、後ろを追いかけてきていた寂 しさに捕まる白鳥。時間は4時半。日が短くなり、もうすっかり夕方。相変わら ず、空は高かった。  なんとなく、鳴滝荘を出た。誰もいない鳴滝荘にいたくなかった。 「…白鳥さん?」 「…梢ちゃん…」  ちょうど帰ってきた梢と、はちあわせた。 「何処かお出かけですか?」  なんだか、自分でも理由はわからないが涙が出そうになった。この歳になって 寂しくて涙が出そうになるなんて思いもしなかった。 「た…珠実ちゃんと一緒じゃなかったの?」 潤んだ瞳を隠すように空を見上げ、梢に尋ねた。 「あ、珠実ちゃんはあの部長さんと少し用事があるみたいで…すぐに帰ってくる  って言ってましたけど…」 「そ…そう…」 「…白鳥さん…?どうかしましたか?」 白鳥の様子がおかしいことに気づき、白鳥の顔を覗き込むように梢が顔を向ける。 白鳥は笑顔を作り…いや、心から笑顔を浮かべて言った。 「ううん。おかえり、梢ちゃん」 「お待たせしました」  梢がお茶の入った湯飲みを縁側に座った白鳥に渡し、その横に腰掛けた。 「ありがとう、梢ちゃん」  …少し、沈黙が辺りを包む。 「白鳥さん、なにかありましたか?」  梢の言葉で、沈黙はその場から去る。 「さっきの白鳥さん、なんだかちょっと…変でしたから…」 あんな些細なことで自分を心配してくれている梢に、これ以上心配をかけた くなかった白鳥は、下手な嘘をつくよりも本当のことを言ったほうがいいだ ろうと思い、今日のことをすべて話した。 「…ってワケで…ホント、なんでもないんだ。僕がなんだかセンチメンタル  になっちゃった、ってだけで…」  白鳥が話している間、ずっと口を開かずに聞いていた梢は、白鳥に微笑み かけるとスッと立ち上がり、高い空を見上げながらゆっくりと話し始めた。 「私も…そんなときがあります。夜中にふと目がさめてしまったときとか…  なんだかとても寂しい気持ちになります。…でも、そんな時を何度か過ご  している内に気づいたんです。こんなに寂しい気持ちになってしまうのは  きっと、皆さんといる時間がとても楽しくて、充実していて、幸せだから  なんだって。それからは、そんな気持ちになったときは皆さんと楽しく過  ごしていることを思い浮かべます。そしたら、寂しいなんて気持ちはすぐ  に消えていきますから…。白鳥さんもよかったら試してみてくださいね」 話し終えた梢の、振り向いたときの笑顔が白鳥の胸にやけに深く染みた。 (――僕の何の変哲もない一日が、この娘の存在で、こんなにもキラキラ輝  くかけがえのない一日に変わる。やっぱり僕は…そうだったんだ。  僕は、この娘のことが大好きなんだ…――)  夜。鳴滝荘。炊事場。住人がみんな揃って食卓を囲む。 「いやー、あたしとしたことがお財布にお金入れずにでかけちゃうなんてねー!  でもまあ私の分も用意されてて助かったわ、梢ちゃん」 「はい。桃乃さんが遅くなる予定だって知りませんでしたから、皆さんの分を作  っちゃっただけなんですけどね」 「あれ?白鳥くんったら梢ちゃんに伝えてくれなかったの?」 「…すいません…忘れちゃってて…でもまあ結果オーライですよね?」 「だぁめぇよ!人との約束を守れないなんて言語道断!今晩はしっかりと反省し  てもらわないとね!」 「…え?」 「もちろん!白鳥くんの部屋でねー!」 しばらくは寂しさを感じずに済みそうな白鳥くんでした。 おしまい。 592 名前: 百式 [sage] 投稿日: 2005/05/20(金) 04:44:57 ID:6kLJtfKt こんな時間に長々と駄文を書いてすいませんでしたー。 白鳥くんが梢ちゃんへの気持ちに気づくきっかけは原作で描かれてましたが、 それを無視して勝手に妄想してしまいました。 いやあ…寝ようっと。オヤスミナサイ