---------------- 魚子←白鳥→朝美 ---------------- 「あれ? 朝美ちゃん。今日は内職無いの?」  白鳥がのんびり廊下を歩いている朝美を見つけてそう訊いた。  普段の彼女ならばこの時間帯には部屋で 内職をしているはずだったからだ。 「あ、お兄ちゃん! うん、昨日の内に終わらせちゃったから。  って言っても、他のがあるからそうのんびりはしてられない  んだけどね」 「そっか、大変だね朝美ちゃん。  あれ? そう言えば沙夜子さん?」  白鳥がきょろきょろと辺りを見たが、 黒い服の人物はうろついていなかった。 「お母さんは今公園にお散歩中。少ししかない休憩時間だから  近くの公園に行ってるの」  明るく答えたが、白鳥の脳裏には、 (あの人は基本的にあまり何もやってないのと一緒だから、  休憩時間ってあんまりいらないような・・・・・・) 「そ、そう。じゃあ今朝美ちゃん一人?」 「うん、そーだよ。お兄ちゃんはどーしているの?  いつもなら学校のお時間でしょ?」 「今日は課題をやるから休みみたいなものなんだ」 「へー、そうなんだー」 「あ、そうだ朝美ちゃん。もし良かったら僕と遊ぼうか?」  突然の申し出に朝美は驚いた。 「えっ、いいの? お兄ちゃん、せっかくのお休みなんだよ?」 「いいよいいよ。ちょうど僕も一人で暇だなぁーって 思ってたところだから。それとも内職手伝おうか?」 「そ、そんなの悪いよ。じゃ、じゃあ少しだけ一緒に遊んでくれる?」 「もちろんだとも!」  こうして二人は白鳥の部屋で遊ぶことになった。 「って言ったいいけど、僕の部屋ってゲームとかってないんだよなぁ」 「えへへへ知ってるよー。だって桃乃さんが理由つけてはおにいちゃんの  部屋に集まってるじゃん」  部屋にある唯一目立つ物、本棚に納まった絵本の背表紙を眺めながら、  明るく笑った。 「ある物といったら、正月に使ったカルタと棗ちゃんから借りてる  トランプぐらいだけど・・・・・・」 「ねえねえお兄ちゃん」  白鳥がなんとか遊ぶ物はないかと色々考えていると、背後から  遠慮がちな朝美の声が聞こえてきた。 「ん?」 「あ、あのね、絵本読んでくれる?」 「え、絵本?」 「うん。あ、でも嫌だよね。ごめんね変なこと言って」  本棚に絵本を戻そうとする朝美の手から、その絵本をそっと持ち上げた。 「いいよ、僕でよければいくらでも読んであげる」  その絵本のタイトルを目にして白鳥は驚いた。  『あの空のかなたまで』という物だった。 (あ・・・・・・、  これ魚子ちゃんと初めて会ったときに読んであげた本だ) 「? どうしたの、お兄ちゃん?」 「ううん、なんでもないよ。さ、読もうか」 「うん」  一つのテーブルに並んで座って、白鳥が絵本を読み始めた。 「その時、大きな風が吹きました。 『さあみんな。この風に乗っていくんですよ。  とおいとおいところまで。』  お母さんは言いました。  ロイ達はいっせいに空へとまいあがります。 『わぁ、フワフワしてて気持ちがいいなぁ。』  しかしお母さんの姿がどんどん遠くなって  いくのに気がついたロイは、 『ああ、お母さんが遠くなっていくよ  いやだ。いやだ。』   泣き出しました。」  懐かしむように白鳥は読んでいく。  そしてそこまで読んだ時、部屋のドアがノックされた。 「はーい。ごめんね朝美ちゃん」  白鳥が部屋のドアを開けると、白鳥の鳩尾に頭突きがめり込んだ。 「ゴフッ!」 「わーい! お兄ちゃんだお兄ちゃんだお兄ちゃんだー!!!!!!」  原因は喜びのあまり突進したロケット、ではなく  青葉梢でもなく、その中の一つの人格である金沢魚子だった。 「な、魚子ちゃん?」 「うん! 魚子だよー!」  ぴょんぴょん白鳥の周りを跳ね回る魚子。 「魚子ちゃん、どうしてここに? 今学校に行ってる時間帯のはずじゃ」  今朝珠美と一緒に梢の状態で学校に行くのを白鳥は見送っていた。  だからそれは間違いようのないことだった。 「ん〜? 茶ノちゃんがこれお兄ちゃんに渡してって」  そう言って魚子が一通の手紙を手渡した。 「珠美ちゃんから?」  二つ折りだったそれを開いて読む。 『時間がないんで詳しい説明は省きますが〜。なんとかするです〜!!!!!!!』 「だ、だけ!?」  なんとも簡潔というか、それ以前の問題で書かれた手紙を読んで、  白鳥は唖然とした。 「お、お兄ちゃん。珠美お姉ちゃんからなんて?」  朝美が心配そうな声を出した。 「よ、良く分からないけど、たぶん学校で変わっちゃったんだと思う。  だから、早退させて僕になんとかしてほしいみたい」 「そ、そうなんだ。いったい何があったんだろう?」 「それは珠美ちゃんが帰ってきてから聞くとして、問題は・・・・・・」  二人のやりとりの間ずっと白鳥の体にぎゅーっと抱きついている魚子  を見て、白鳥は小さく嘆息した。 「お兄ちゃん絵本読んで絵本読んで絵本読んで絵本読んでー!!!!!」  魚子がいつの間にテーブルの上に乗っていた絵本を持って、  辺りをはねていた。 「そ、それは・・・・・・」 「それはね魚子ちゃん、朝美ちゃんと読んでたんだよ? 魚子ちゃんも  一緒に読む?」 「読む〜!!!!!!」  そういう流れで白鳥は右に朝美、左に魚子という、いわゆる両手に花状態になった。  そろそろ終わりになるという場面にさしかかった。  ふと何を思ったのか朝美が白鳥にぴたりと近寄った。  するとそれを見た魚子が、 「む〜、お兄ちゃんは魚子のお兄ちゃんで、お姉ちゃんのお兄ちゃん  じゃないの! もしお兄ちゃんが魚子のお兄ちゃんじゃなくて、  お姉ちゃんのお兄ちゃんじゃなかった、お兄ちゃんはお兄ちゃん  じゃなくて、だから魚子のお兄ちゃんじゃなくなって  ・・・・・・・・・・・・・?」 (ハハハ・・・・・・、  また何が言いたくなってるのか分からなくなってる)  しかしそれを知らない朝美はなぜかむきになって言い返した。 「で、でもお兄ちゃんは今日、朝美と遊んでくれるって言ったし、  それにこの絵本だって朝美が選んだんだよ」 「でもでも魚子はお兄ちゃんのことが大好きだし、  お兄ちゃんが魚子のお兄ちゃんじゃなくなったら  魚子は悲しいよ?」 「あ、朝美だってお兄ちゃんのこと、だ、大、大好きだよ!」 「あ、朝美ちゃん・・・・・・」  白鳥がほほを赤くしてはにかみながら言った。  自分が何を言ったのか理解した朝美が顔を耳まで真っ赤にさせた。 「魚子はお兄ちゃんが大好きだから何だって出来るんだよ?」  魚子がそう挑発めいたことを言うと、 「朝美だって何でも出来るよ!」  朝美が張りはってそう答える。 「ふ、二人とも落ち着いて・・・・・・」  よ言おうものなら、 「お兄ちゃんはしー!」 「お兄ちゃんは黙ってて!」  と二人同時に言われてしまい閉口してしまう。 「む〜」 「ん〜」  白鳥を挟んで睨み合う。 「魚子はお兄ちゃんにちゅー出来るもん!」  そう言って魚子は白鳥の頬に思いっきり吸い付いた。  ちゅうー、というよりは、じゅうーという音がした。 「な、魚子ちゃん、ちょっと・・・・・・」  テレながらも、決して嫌そうではない白鳥。 「あ、朝美だって出来るもんっ!」  そう言うと躊躇しながらも、ゆっくりと白鳥の頬にキスをした。  ちゅっ、と小さな音がすると、白鳥の頬に柔らかいものが張り付いた。 「あ、あああ、朝美ちゃん!」  うろたえるも、まだ吸い付いている魚子を気遣って、  激しく動くことが出来ない。 「む〜、お兄ちゃんは魚子のお兄ちゃんなの〜!」  と言って白鳥の腕を掴んで引っ張ると、 「ま、負けないもん!」  と対抗して朝美も腕を引っ張り対抗する。 「いたっ! いたたたたたたっ! 痛いよ二人とも!」  白鳥の訴えなど気にも留めず、二人は引っ張り合う。 「むむむむ・・・・・・」 「んにゅにゅにゅ・・・・・・」  ギリギリと限界まで引っ張られる白鳥の腕。と、 「にゃっ!」  スポン・・・・・・と魚子の手が白鳥の腕から離れた。  そして後頭部をいい感じに床にぶつけて動かなくなった。  一方、均衡の破れた朝美は白鳥の腕を掴んだままこれまたいい感じに  後頭部をぶつけて動かない。 「あいたたたた・・・・・・、ってあれ? ふ、二人とも大丈夫!?」  確認すると、気を失っているだけだったと分かり、ほっと安堵する。 「良かったぁ〜」  白鳥は左右それぞれの膝に頭を乗せて、膝枕をしてあげた。  そうして二人が目覚めるまで動かずに待っていた。 「ん・・・・・・」  白鳥の膝が軽くなり、魚子が目をこすった。 「あ、起きた?」 「あれ? ここはいったい? 確か私学校にいたはずじゃ・・・・・・?」  しかし、目を覚ましたのは魚子ではなく、主人格の梢だった。  慌てた白鳥はあたふたと説明をする。 「ええと、えと、梢ちゃんの具合が悪くなったから、早退させたって  珠美から連絡が来て、ここに着いた梢ちゃんが玄関で急に倒れかけてて、  そこを出迎えにいった僕がキャッチして、部屋に鍵がかかってたから僕の  部屋に運んで、ちょうどその時に朝美ちゃんと会って説明したら、  朝美ちゃんも一緒に看病してくれたってわけ!」  返事をさせる間もなく言い切った。 「そう、だったんですか。ご迷惑かけました。  朝美ちゃんも疲れてねむちゃったんですね」 (いやー、これはそういうわけじゃないんだけど・・・・・・)  心の中で否定すると、引きつった笑みを浮かべるしかない白鳥。 「今度お礼しますね。それじゃあ失礼しました」  梢が丁寧に一礼すると、部屋から出ていった。  残った白鳥は自然に朝美の頭を撫でていた。 「ん・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・」 「なんだい? 朝美ちゃん」  返事をしたが、また静かになった。 「なんだ、寝言か」  そして白鳥は再び朝美の頭を撫でた。  朝美の寝顔が、白鳥の心を暖めていく。  時間が経ち、日が落ちる頃になってようやく朝美は目を覚ましたのだった。 「うわ〜、お仕事全然やってないよ〜!」 「うわ〜、課題全然やってなかった〜!」  という悲鳴がその日、聞こえたとか聞こえなかったとか。  ちゃんちゃん。 618 名前: メリー [sage] 投稿日: 2005/05/22(日) 21:55:50 ID:EYKCw/fG と、いうことでこれで終わりです。 内容が内容なので、期待されて読まれた方、 ごめんなさいm(_ _)m と先に謝っておきます。