---------------------- 消えていくもの残るもの ---------------------- それは突然だった。 いつもと違う髪型。 いつもと違う雰囲気。 いつもと違う彼女。 彼女がこちらを向いた。 「…隆士…様?」 「はい?」 いつもと違う呼び方。 そして、いつもと違う、 藍色の瞳。 (この子は…違う?…他の誰とも違う…?) 僕の知っている彼女達の誰とも違う。 確かに外見は同じなのだが。 「えっと、君は…?」 何者が問う。しかし、彼女はきょとんと首を傾げて一人つぶやく。 「あれ…、私なんで名前を知って…?それにどうして、ここに…?」 次々に疑問符を作り出す。これでは話も上手くいかない。 そんな時だった。 「どうしたンだ白鳥?なンかあったのかヨ?」 流星ジョニーと灰原由起夫。 よりいっそう話がややこしくなりそうだと感じた。が、しかし、 「…灰原さん…?」 「ン…?お前は…菊花か…?」 彼女―――蒼葉梢は僕にとって意外な人物に穏やかな笑みを返した。 「はじめましてっ…私は藍沢…菊花ですっ…白鳥…隆士様」 「は、はい。はじめまして…」 隆士と梢はすでに会ってから一年近くたっているが、 「藍沢菊花」として会うのは今日が初めてだった。 (灰原さん…彼女は、一体?) ヒソヒソと隆士が尋ねる。 (…コイツは、梢の人格の一人だ。滅多に出てこないけどナ) 耳元でジョニーが囁く。 パペットであるジョニーから声が聞こえてくるあたりが、 灰原由起夫のすごいところである。 「まぁ、そう言うことだナ。じゃ俺は行くゼ。用があったら呼べヨ」 そう言うと灰原は隆士の部屋から出て行った。 (梢ちゃんの人格の一人…) 梢と菊花は緩く結んでさげた髪と瞳の色以外は殆ど違いは無い。 まぁ同じ人間なのだから当然といえば当然である。 「隆士様、どうかしましたか?」 まじまじと見つめていると、急に彼女が見を乗り出してくる。 「い、いや。何でも。…ところで、その隆士様っていうのは…?それに僕の名前も知ってたよね?」 そう言うと、彼女は少し目線を落とした。 「…その…いきなり変なことを言いますけど…、私隆士様を好きなんですっ…!」 「…えあうっ!?」 「でも、その、隆士様は本の中に出てくる人であって、あう〜…なんと説明したらよいか…」 頭を抱えて首を振る。いつも穏やかに微笑む梢とはうって変わって、はわわわわと困った顔をする。 「…いつも私は、どこか良く分からないところにいるんです。  そこには、私に似た女の子が何人もいて…それはいいんですけど。  そこで私は一つの本を読んでるんです。私と隆士様のことが書かれた絵本を…」 自信なさ気に彼女が言う。 「僕と君の事が書かれた、絵本…?」 白鳥の疑問に頷き、話をすすめる。 「その絵本にはいろんなことが書かれてて…例えば、一緒に、…その、買い物したり、  …ここの住人さん達と遊んだり…。この前は…あの…私と隆士様が…、こ、こ…恋…」 「恋人?」 「わぁぁぁぁ!は、恥ずかしいですっ〜!」 赤面して彼女が言う。騒がしい性格のようだ。 「…それで、隆士様はとても優しくて…私はとても好きですから、隆士様とお呼びするんです」 さっきとは違う類の理由で頬を赤らめる。 「僕も…まだ少ししか話してないけど、君の事が好きだよ」 「本当ですか…?…幸せ…です」 本当に幸せそうに笑う菊花。 隆士は少し考えてから、 「絵本では僕達は恋人なんだよね…?」 「は、はい…」 「じゃあ、ちゃんとした恋人になれるように頑張ろう」 「あ…はいっ!」 彼女が元気よく返事した。 隆士は考えていた。多分、梢と付き合ったことが影響したんだろうと。 今まで見たことの無い人格ではあるがそんなことは問題ではない。 決めたのだ。ずっと彼女と付き合うと。 というわけで、早速デートすることにしたのだった。 ゲームセンターへ行ったり、衣服店を巡ったり、お菓子を食べたり… 「デートって、楽しいですね。白鳥さんっ!」 「え…?」 (今白鳥さんって…?) 一瞬ではあるがそう聞こえた気がした。 「どうかしましたか?隆士様?」 「あ、ううん。何でもないよ」 (気のせい…かな?) そう思い聞かせて疑問を飲み込む。 今は彼女とデートしているのだ。余計なことは考えないようにしないと。「 「あ、見てください隆士様!これ綺麗です…!」 彼女が指差したのは綺麗なネックレスだった。 値段は…セール中でそんなに高くも無い。 「買ってあげようか?」 「よろしいのですか?」 その藍色の目を輝かせる。 紺よりも淡く、蒼よりも深い色をした瞳。 「うん。恋人へのプレゼントだからね」 「うふふ…有難う御座います♪」 早速買ってあげたネックレスを付ける。 「その…とても、似合ってるよ…」 「はい。隆士様…」 彼女は満足気に答えた。 鳴滝荘へと帰った。灰原以外は全員外出中で、もう少ししないと帰ってこない。 「今日はとても楽しかったです…」 「うん。僕も楽しかったよ」 中庭でゆっくりとしている二人。気持ちいい風が吹く。 「前にもここでこんな気持ちいい風が来たね…」 (って、今は菊花ちゃんだっけ…!) といってから気が付く。が、 「そうですね…。気持ちいいです…」 (…あれ?) 相手が聞き漏らしただけだろうか… 「こんどはデートする時は…その、…キスも…できたら…」 「あ、あはは…」 「約束ですよ!」 「う、うん。また行こうね」 その事葉を聞いて嬉しそうな顔をする。 「ええ。絶対ですよ!白鳥さん!」 ――――え? まただ。また白鳥って… 「菊花ちゃん…君、今、白鳥って…」 心配そうに言う白鳥の言葉が耳に届いていないのか、菊花はその言葉に反応しない。 「今日はとてもすばらしい日でした…」 「菊花ちゃん…?」 呼んでも彼女は反応しない。 「今度会う時は、絶対…」 「菊花ちゃん…!?」 彼女はにっこりと微笑む。 「…隆士様…」 「菊花…ちゃん…」 瞬きの瞬間――― ―――さようなら――― ―――そう聞こえた気がした。 「なっ…!」 「どうしました?白鳥さん?」 瞳の色が緑なことに気づく。 「え、あ、梢ちゃん…?」 「はい?」 「今日のことだけど…」 「はい♪とっても楽しかったですよね」 彼女はもとに戻った。 意識が途切れたわけでも、 強いショックを与えたわけでもない。 なのに何故か。 「あ、私そろそろ、夕ご飯お支度しますね♪」 「あ、うん」 そしてキッチンへと向かう。 梢は今までのことをちゃんと覚えてるようだった。 「…さようならって聞こえた…」 隆士は一人孤島に残された気分になった。 こんなことは今までになかった。第一こんな風に感じられるわけが無かった。 だが、なんとなく分かる。感じ取れる。 もう、彼女が「存在しない」ということが。 そこへ重そうな足音が聞こえてくる。 この足音は灰原のだ。 「…灰原さん、見てたんですか…?」 「アイツは消えた」 「なっ…!!うそです…!!」 否定したかった。確かに証拠は無い。あるはずも無い。だが、自分の心がYESだと告げている。 「前にも同じような場面を見たンだよ…多重人格ってのは生まれては消えていく…  アイツは、菊花は消えたンだ」 「…そんな…」 「良く言えば、梢と一つになった」 「梢ちゃんと…?」 「多重人格の治った例として医学的に人格統合というのがあるらしいからな…  人の心や人格なんて形の無いものが一つになるかなんて知らないがナ。そう考えた方がいいダロ」 遠くを見ながらジョニーが灰原を代弁する。 「……………」 俯く隆士には言葉も無い。 梢には害は無い。他人格が減るということは、それだけ治ってきているという証拠なのかもしれない。 梢にとっては幸せなことかもしれない。けど… 「ツライか。だったら忘れちまえ。それがダメなら全部梢と過ごしたことみするンだ」 「忘れることなんかできませんよ!…彼女だって梢ちゃんで、菊花ちゃんなんです!!  まだ一回しか会ってないのに!…約束だってしたんですよ!!」 「お前だったらそう言うと思ったゼ。…だがナ、こればっかりはどうにもならン……  俺達にできることは、ただ忘れないでいることくらいだ…そうすればお前の心の中で生きるだろ…」 そう言うとタバコをくわえて、寂しそうに部屋に帰っていった。 その姿は子供を無くした親の姿に似ていた。 そしてその後、もう二度と藍沢菊花と名乗る人格と会うことは無かった。 忘れないでいることだけ それしか、できることは無い。 日常の中で、僕等は少しずつ、何かを忘れていく。 たった少しの彼女との記憶を失っていく。 でも、それでも僕は、忘れたくない。 忘れたくないのだ。 931 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2005/05/29(日) 01:53:09 ID:/Q4LC8ex すいません。オリキャラというか、オリ人格使いました。 こういう話を書くにはオリ人格使うしかないと思ったので。 先に書いておくべきでしたね。 梢の人格は今いる人格が全てではないと思うんですよね。 詳しくないんで勝手な想像ですが、 今までの中で消滅したり、またこれから増えたりする 可能性もあると思って書きました。 ていうか、なんて鬱エンドなんだ・… たまにはいいですか・・・・?