-------------------- たびびとのまほうのえ -------------------- とおいとおい、とあるくにのおしろに、ひとりのおひめさまがいました。 おひめさまはとってもきれいで、やさしいひとでした。 でも、そのおしろにはおひめさましかいなかったのです。 おしろのそとに、すんでいるひとたちは、おひめさまに、はなしかけることができませんでした。 だから、おひめさまはずっとひとりぼっちだったのです。 「な〜な、は〜ち」 今日も今日とて平和な鳴滝荘。 そこに今はちょっとだけ間延びした声で数を数える女の子の声が聞こえている。 「きゅ〜う」 柱に顔を押し付けて、数字を数える少女。 「じゅ〜う! もういいですか〜?」 茶ノ畑珠実。役職、鳴滝荘大家、梢のガーディアン(自称)。その彼女の呼びかけに応じて、声が返ってくる。 「も〜い〜よ〜」 帰ってきたのは珠実の大好きな声、蒼葉梢のものだ。 ただいつもと違い、無邪気さのそれが強いのは、それが梢のものでありながら梢ではないから。 今の梢の声は、金沢魚子のそれである。 「さ〜って、魚子ちゃん、いくですよ〜?」 笑顔で腕まくりなどしつつ、珠実はかくれんぼの鬼として動き始める。 とりあえず、絵本が一番ある隆士の部屋を真っ先に、 「二号室、珠ちぇ〜っくです〜」 ドアノブを回してみる。 「おやおや、珍しく鍵がかかってます〜」 補足しておくと、隆士が外出時に鍵をかけなかったことは一度も無い。毎度何故か勝手に開けられているだけだ。 鳴滝荘七不思議その三である。 とりあえず順番に部屋の鍵を『珠チェック』していく珠実。と、ある部屋が開いた。 「おやおや?」 四号室。ある意味鳴滝荘最大のミステリースポット。梢の人格の一つ、千百合の衣裳部屋。 「ちゆちゃんが出てないときにここが開いているとは珍しいですね〜」 そんな独り言を言いながら部屋の中に踏み込む。 「な〜な〜こ〜ちゃん。いるですか〜?」 その声に驚いたのか、部屋の片隅でがさごそ言う音が聞こえた。 が、そこは梢に大甘な珠実。気付かなかったことにして適当に歩いてみる。 「う〜ん、いないですかね〜?」 衣装の影を覗き込む振りをしながら、部屋の隅っこを伺ってみる。 適当に積み上げられた衣装の山のてっぺんから、特徴的な跳ね髪がのぞいている。 ぴょこぴょこ動いているそれを見て、珠実はついつい微笑んでしまった。 「ななこちゃ〜ん、いないですか〜?」 笑いながら言う珠実。だが、彼女らしからぬミスがここで出た。 「・・・あら?」 足が何かに引っかかったのと、その声とどっちが速かったのか。 急転する視界。彼女の運動神経ならその程度でもすぐ立て直せるはずだった。 だが、運が悪いことに手をつこうとしたさきには魚子が隠れているはずの山。 (ま、巻き込むわけには行かないですー!) 強引に体をねじって山から身をかわす。が、その分受身を取る暇が消え。  ビターーーーーーーーーーーーーーン!! 非情に珠実らしからぬ派手な音を立てて倒れこんだ。 あるひ、そのおしろに、たびびとがやってきました。 たびびとは、おしろにいたひとりぼっちのおひめさまに、はなしかけてみました。 でも、おひめさまは、こたえてくれませんでした。 たびびとはこまりました。 おひめさまはないているように、みえたからです。 たびびとは、おひめさまに、わらってほしかったのです。 だから、たびびとは、まほうをつかいました。 「い、いたたたた・・・」 鼻っ柱をさすりながら身を起こす珠実。その耳に。 「え、あれ? 私・・・?」 「あ、梢ちゃんですか?」 「・・・あ、珠実ちゃん。私、どうしてこんなとこに?」 恐らく、今の音のショックで人格が変わったのだろう。 とっさに思考を回転させて、 「梢ちゃん、どうしちゃったですか〜? 今日は空き部屋の掃除をしようって言ってたじゃないですか〜」 「あ、そうだったっけ? 言われてみたらそうだった気も・・・」 無事に記憶の補填ができたと判断して、珠実は軽く一息つく。 「・・・でも、この部屋、何でこんなに服があるんだろ?」 「・・・あー、そのー」 さすがの珠実でも、それに対する説明はとっさには思いつかない。 実際千百合はどこからこれを仕入れてきたのか。自作だろうか。 が、必死で説明を考えているうちに、梢は自分が被っている山の中から一着を取り出して。 「可愛い服だねー。きてみよっかなぁ」 「!?」 必死で組み上げていた筋道の通る説明がその言葉でぶっとんだ。 (うさぎさんな梢ちゃん、巫女さんな梢ちゃん、ウェイトレスな梢ちゃん、スチュワーデスな梢ちゃん・・・!) 脳裏をよぎっていった妄想、もとい想像。 「そ、それがいいです! 私、カメラ持ってくるです〜!!」 「あ、珠実ちゃん?」 ばたばたと足音を響かせ、自室に駆け込み、カメラを片手にとんぼ返り。 これだけの騒ぎを起こしても誰も出てこない。 隆士は画材を買いに出ているし、灰原は図書館に。恵は郵便局に、黒崎親子は今週の生活を賭けた聖戦に。 つまり。 (梢ちゃんのレア画像を独り占めです〜!) ・・・顔が溶けている。そんな表情を取り繕って、四号室に飛び込むと、 「さぁ梢ちゃん! どう・・・したですか?」 「あ」 梢は、四号室片隅にちょこんと置いてあった箱を開けていた。 ちょうど衣装の影になってて見えなかった位置だ。 「うん。これ」 横から覗き込むと、一枚の紙、絵が収められていた。 「・・・!」 「これ、白鳥さんがずっと昔に書いてくれたんだよ。こんなところに仕舞ってたんだ・・・」 たびびとはまず、かみにまほうをかけました。 そして、まほうのえんぴつで、かみにこいぬをかきました。 すると、えのこいぬが、とびだしてきたのです。 おひめさまは、おどろきました。こいぬはおひめさまにちかづきます。 おひめさまがこいぬをそっとなでると、こいぬはすごくうれしそうにしました。 おひめさまもすこしだけうれしくなって、すこしだけわらいました。 たびびとは、もっとおひめさまにわらってほしくなりました。 だから、もっとまほうをつかいました。 梢はそっとその絵に手を伸ばす。 でも、触れる直前でその手を下げた。 その絵は。 「・・・梢ちゃん、この絵」 「・・・えへへ」 泣き笑い。 そんな表情の梢。 当然だと思う。 だって、それを始めてみる珠実ですら、その絵を見て涙が出そうになったから。 その絵は、つぎはぎだらけだった。 セロテープで破れたところを繋ぎ合わせて。 それでも、きっと全部を繋げられなくて、所々欠けてしまった絵。 「・・・私の、宝物だったんだ。必死で直して、でも直しきれなくって、見てると凄く嬉しくて、でも直しきれなくて悲しくて」 独白。 「悲しくて悲しくて、そしたら何時の間にか、私の部屋からなくなってて、しばらくもっと悲しくって、でも、そのうちまた笑えるようになって・・・」 悲しい、そう言うけど。 本当は言葉で言い表せるものじゃないはずだ。 珠実が梢と仲良くなった時、梢が他の友達といるところを見たことが無いから。 きっと、それ以前はこれが全てだったはずだから。 「梢ちゃん・・・」 「・・・苛められてたんだ。私」 それは、初めて聞く話だった。 「珠実ちゃんと同じクラスになる、二年位前かなぁ。同じクラスの男の子がね、いつも私の筆箱とかを隠したりしてね・・・」 「梢ちゃん、いいですよ、話さなくっても」 「ううん、大丈夫。今は平気だから」 梢はいつものように笑う。 「今だからわかるけど、私もおかしかったんだ。いつもこの絵を持ってて、この絵に話し掛けて、変な子だったんだと思う」 「・・・」 「だから、女の子の友達もいなかったし、男の子には苛められてて」 梢はその頃を思い出したのか、少しだけ辛そうにして。 「・・・そして余計に、この絵にすがっちゃったの。白鳥さんは、そんなことのために、この絵を描いてくれたんじゃないのに」 「・・・梢ちゃん」 つぎはぎだらけの絵。 そこには。 梢を中心に、彼女によく似た四人の女の子の姿が描いてある。 ところどころ欠けてしまっていても、その女の子達は。 梢はその女の子の一人を指差して。 「この人は、私のお姉さん。私に似合ういろんな服を作ってくれる優しい人」 「・・・!」 やっぱり、そうなのだ。 「この人は、私のお友達。そっくりだけど、私と違って凄く元気いっぱいの子なんだ」 この絵は、きっと。 たびびとがまほうをつかうたびに、おひめさまはわらってくれます。 でもたびびとは、いつかおしろをでなければいけません。 たびびとがいなくなったら、おひめさまはまたひとりぼっちになるのです。 たびびとはかんがえました。うんとうんとかんがえました。 そして、おもいついたのです。 おひめさまに、ともだちをつくってあげよう。 いっぱいのまほうをつかって、おひめさまがずっとわらっていられるような。すてきなともだちをつくってあげよう。 「この子は妹。恥ずかしがりやですぐ隠れちゃうけど、ほんとはとってもやさしいいい子なの」 「・・・はい」 「この子も私の妹なんだ。一番小さくって遊びたがりなの。おねえちゃんってなついてくれるんだ」 「・・・・・・」 「・・・私の大切な、大切だった、二番目の家族だったの」 珠実は知っている。 いや、鳴滝荘の全員が知っている。この絵を見れば誰が誰なのかすぐにわかる。 優しいお姉さんは千百合。元気な友達は早紀。恥ずかしがりやの妹は棗。遊びたがりの妹は魚子。 そして、真中にいる、幼い頃の、梢。 「・・・独りぼっちになっちゃった、そんな風に泣いてた私に、白鳥さんがくれた家族」 でも、その絵は。 その家族は、一度破られて。 「・・・その、男の子たちに、破られたんですか?」 「・・・うん」 頷く梢を見て、珠実は心のうちに黒いものを自覚する。 その場にいれば。その場にいたら、梢の大切な宝物をこんな風にはさせなかったのに。 「やぶられて、燃やされそうになったんだ」 「・・・!?」 驚いて、珠実は梢を見る。 「あの時のこと、本当によく覚えてる」 ――やめて! かえしてよ!!    泣き喚いて手を伸ばす自分。 ――やーだよ! こんなの、こうしてやる!    嫌な音と共に、二つに割れる宝物。 ――!!    さらに重なっていく音。音が響くたびに、元の姿を失っていくそれ。 ――なぁ、これ燃やしちゃおうぜー ――いいなそれー。焼却場とかにほうりこんどこうぜー! ――やだ! やめて・・・やめてぇぇ!!    涙で滲む視界。遠ざかっていく男の子たち。 たびびとは、さいしょにおねえさんをかきました。 えからとびだしたおねえさんは、おひめさまをみてちょっとだけおこったかおをしました。 おひめさまのふくはまっくろで、おひめさまにはにあっていなかったのです。 だからそのおねえさんは、おひめさまにすてきなふくをきせてあげました。 おねえさんが「にあうね」、というと、おひめさまは、いままででいちばんきれいにわらってくれました。 にばんめに、たびびとはいもうとをかきました。 でも、でてきたいもうとは、おひめさまをみるとびっくりしてにげてしまったのです。 おひめさまはなきだしそうになりました。 だからたびびとは、あわててもうひとり、いもうとをかきました。 こんどのいもうとは、おひめさまにすぐあまえました。おひめさまはなきやみました。 そして、にげだしたいもうとは、はなれたところからじっとおひめさまをみています。 じぶんのせいでおひめさまがなきそうになったので、とってもきになったのです。 おひめさまと、あまえんぼうのいもうとと、おねえさんは、にっこりとわらって、そのこをよんでみました。 そのこはゆっくりとちかずいてくると、なにもないところから、おはなをだしてみせたのです。 たびびとも、おひめさまたちもびっくりしました。 そして、みんなでわらいました。 さいごに、たびびとはおともだちをかきました。 でてきたおともだちはすごくげんきいっぱいでした。 でも、とってもやさしい、いいこでした。 そのこは、おひめさまがこまっていると、すぐたすけにきてくれるのです。    遠ざかっていく彼らが、涙で滲んでいく。    その滲んだ視界に、その彼らを追いかけるように、凄く見慣れた、でもはじめて見る後姿が、写った。 ――アタシの友達を、泣かすなぁぁぁ!! 「・・・私の、友達の声だったの」 何時の間にか涙を流しながら、梢は笑う。 「嘘みたいな話かもしれない。でも、その時あの子は私を助けてくれたの。絵の中から飛び出して、私を・・・」 ああ、と思う。 きっと、梢が話したかったのは苛められていたことではなく、絵の中から助けにきてくれた友達のこと。 「・・・そうですよ。大切な友達が苦しんでるんだから、本当に助けにきてくれたんですよ」 「珠実ちゃん・・・」 「絶対そうです〜! 私だって、梢ちゃんが苦しんでたら飛んでくるです!」 握りこぶしを作って、力いっぱい言い切る。 「・・・うん。うん・・・。ありがとう、珠実ちゃん・・・」 珠実は思う。 きっと、梢の多重人格は、絵の中の家族を失いたくない一心で生じたものなのだろうと。 破れてつぎはぎだらけになってしまった家族と、それでも一緒に居たくて。 自分の心の中に、他の四つの心を受け入れたのかもしれない。 でも。 だとしたら。 「・・・白鳥さん、ほんっと妬けるです〜・・・」 思わず悪態が出る。 縁側で夜風に当たりながら、珠実はため息をついた。 「ただいま〜」 「あ、おかえりなさい、白鳥さん」 「ただいま、梢ちゃん」 玄関のほうからそんなやりとりが聞こえてくる。 「梢ちゃん、なんだか嬉しそうだね? 何かあったの?」 「ふふ、秘密です」 「ええ? 気になるなぁ」 そんな会話をかわしながら歩いてくる二人に、珠実はつい茶々を入れる。 「白鳥さんってば乙女の秘密を知りたがるなんて、えっちです〜」 「んな!? ちょ、ちょっと珠実ちゃん、僕はそんなつもりじゃっ」 「白鳥さんのえっち、えっち、えっちっち〜♪」 慌てる隆士の後ろで、梢がちょっとだけ困ったように笑っている。 たびびとは、またたびにでていきました。 たびびとにはかえらなければいけないところがあったのです。 たくさんのかぞくにかこまれて、でもおひめさまは、ちょっとだけさびしそうでした。 だから、たびびとはやくそくしました。 かならず、ここにまたくるから、と。 おひめさまに、もっといっぱいともだちをつくってほしいと。 そして、またここにきたときに、いっぱいのともだちをみせてほしいと。 おひめさまはやくそくしました。 ちゃんとわらって、ちゃんとないて、げんきにくらしていくと。 いっぱいのともだちといっしょに、みんなでわらってくらしていくと。 そうして、おひめさまはひとりじゃなくなりました。 すこしだけじかんがかかったけど、おともだちもいっぱいできました。 そしてあるとき、おしろのもんがたたかれたのです。 Fin 953 名前: 563 [sage] 投稿日: 2005/05/29(日) 07:18:58 ID:JITvPpsZ 以上です。 多重人格の原因話なので受け入れられるか不案ですが、楽しんでいただければ幸い。 ではまた、新作できた時にでも・・・。