金色の。


イリアは、一点を見つめていた。
「…カイ兄さん…」
知らず、呟きが漏れる。
金の髪に整った容姿。滑らかな動作。耳に心地良い声。
その全ては、もう居ない彼に全く似ていないけれど。
同じなのは金色の髪だけ。
彼が生きていたら、あんな風に髪を伸ばしたりするのだろうか?
そこまで考えて、イリアは頭をふった。
――ちがう。あれはシオンじゃない。カイ兄さんだ。碧い瞳――
目が合う。
イリアは微笑んだ。
「どうしたの?カイ兄さん」



親友の妹の、少し大人びた笑みに多少驚きつつ、カイは歯を出しニヤっと笑った。
「いや、さ。何か変わったなって思って。ホラ、前はもっと子供みたいに―…あ、いや無邪気、じゃなくて…え〜と…」
「ひっどーい!カイ兄さんってばそんなふーに思ってたんだ!どーせ子供ですよ〜だっ」
そこまで言うと、イリアはたまらず吹き出した。カイもつられて吹き出す。
「ぶっ…あははは!ごめんごめんっ。でも今の笑顔、ホントに可愛かったよ♪」
「エヘヘ、ありがと、」
イリアはそういいながら、舌を出し、照れたようにまた笑った。

大好きな人たち。

生きていたら、シオン。ボクはきっとキミを好きになって、ずっと一緒にいただろうけど。
あのね、シオン。聞いてほしいんだ―――




「カイ兄さん。あのね、」
カイは、ん?、と返事をした。
優しい瞳。目が合う。お互い、そらさない。そらせない。

「…ずっと、一緒にいたいんだ」



好きな人ができたんだよ―――



「…」
カイは暫く黙っていた。もちろん顔にはいつもの笑み。
イリアは心配そうに、けれど真摯な表情のままだ。

(…弱ったナァ…)

内心そう思ってはいるものの、それを出すときっと彼女を傷つけてしまう。
かといって、冗談で流せる雰囲気ではとてもない。
暫く考え、なおも黙っていると、イリアは表情を変えた。
「…なぁんてねっ!カイ兄さん、びっくりした?冗談に決まってるじゃないっ」
あははは、と快活に笑うイリア。
しかしカイは逆に、表情を真面目なものへと変えた。
ぴたりと、イリアの笑いが止まる。

「…イリア、ちゃん。」
「カイ兄さん…」

時間が止まったように、音もなく。

互いの心臓の音が聞こえるような距離で、
 
目を、閉じて。


ありがとう、と。
小さく、そう聞こえたような気がした。


いいにおい。
香水なんかより、この香りのほうがずっといい。
シオンはちょっと甘いにおい。
ザード兄さんは森のにおい。
十六夜くんは、お菓子のにおい。

カイ兄さんは、ちょっとさびた鉄のにおい。でも、これが変に安心するんだ。


「罪悪感、感じるんだケドさ…」
「いいんだ、カイ兄さん。こうしたいんだ。」
内心でザードとシオンに謝りつつ、カイはイリアを抱きしめた。
黒い髪に触れる。やさしく。壊れ物を扱う様に。壊してしまわないように。
イリアは大事にされていることを実感し、心底、うれしく思った。
(幸せだなァ)
この場に十六夜がいれば、ぽかぽかだね、といったかもしれない。
それくらいの安らぎ、幸せをかみしめる。
カイの手のひらは思っていたよりもずっと堅く、傷も多かったが、優しい。
イリアも大事そうに、カイの手を握った。

「兄さん……」
「カイ、でいいよ、イリアちゃん」
「うん。じゃあ、…か、………カイ…」

どきどきする。
たぶん、カイもおなじくらいどきどきしてるんだろうな。などと。

時間は、ゆっくりとすぎていく。

「……っ…」
声が出ない。
聞こえるのは自分の心臓の音、息遣い、服のこすれる音。
わからない。ワカラナイ。分からない。
何も。
「…ふぁ…ッ」
目を開けることですら。
…遠い。


彼の手はやはり優しく、安心できた。
けれど、優しさを実感するとすぐに、シオンを思い出す。
そんな自分が、嫌だった。
自分がシオンに接するときはそう気にとめていなかったが、シオンはいつも自分に触れるときは優しかった。
じゃれている時でさえ。
それが、悲しいほどに思い出される。

シオンとは違うと分かっていても、いや、分かっていないからこそ…重ねてしまうのか。
カイは、違うだろうか、他の人と自分を重ねていないだろうか。
そんなはずはない。
そんな、ハズは。

そりゃあ、俺だって女の人としたことくらい…あるさ。
言い訳するわけじゃナイけど、それなりに、さ。

でも、なんていうんだろう。この感じ。
イリアちゃんが優しいのがわかる。
俺はもちろん、レディーは大切にって思ってるからさ、…でも、いつもより大切に。壊さないように。
大事な親友の、大事な大事な妹なんだから、さ。





「…う…わかってたんだけど、すっごいハズカシいなあ…」
イリアちゃんが下を向く。
俺は彼女の髪をゆっくりなでて、頬にやる。暖かい。
「…大丈夫、って俺が言ってもなんだけどさ」
「うん」
「俺も男だから、途中でだめ、ってのはあんま聞けないかも…ゴメン」
「…うん」
「でも、大事に思ってるから、できるだけ…」
俺にしては飾らないコトバっだったとおもう。でも、本当なんだ。だから飾れなかった。
「カイに……、カイ。ボクは大丈夫だよ。…ボクもカイのコト、大好きだから」
くぐもっていた声が少し明るくなった。
…ほっとした。