少女にとって、それは初めての行為であり、その時は、行為そのものと
それに到る感情以外、何も考えられずにいた。目の前の雁首に、必死に舌
を這わせる。
 ふと、自分の指が視界に入る。日に焼けた、乙女の柔肌と言う言葉から
は懸け離れた自分の指に。そのことに急に不安になって、ペニスから口を
離し、顔を上げた。

「気持ち良く、ない…?」

 視界に入ってきたのは、やや紅潮した、けれどもいつもと同じ、優しさ
を称えた笑み。

「んっ、気持ちいいヨ、イリアちゃん。ただ…」

 しかし彼はそこで、少し困ったような顔になった。

「本当に、いいのかな、って。そりゃあ、ここまでさせておいて今更事の
是非を問うのもおかしな話だけどサ」

 いつもの、少しおどけたような口調。
 コトノゼヒ、ってどう言うことだろう? しかし、言葉の意味を考える
ことはすぐに放棄した。彼の言わんとするところは、その表情から見て取
れる。
 自分もニコリと微笑み、ゆっくりと彼の身体の上に、自分の身体を重ね
ていく。肩口にかかった、自分の髪を手でゆっくりと払う。

 ともすれば優男に見える普段のイメージとは対照的に、彼の身体は、女
の自分よりずっとがっしりとしていた。

「僕、何て言ったらいいのかわかんないケド……」

 言いながら、見下ろす。そこに、いつもの優しげな青年の顔がある。

「でも、こういうコトしてもいいって思ったのは、カイ兄さんだからだよ」

 決して隆々としているわけではないが、硬く厚い胸筋が、自分の小さな
乳房を押す。そして、その首筋に顔を埋めていく。

「イリアちゃん、あったかい」

 彼はそう言ってから、ごろりと半回転して、今度は彼の身体が上になっ
た。自分に重みをかけないように気づかっているのが判る。そして、熱い
程の温もりに、「カイ兄さんも」と口にした。

 彼の唇が近付いてくる。少し戸惑ったが、拒む理由はない。むしろ――
 唇を重ねあうだけのキスが、そのうちに彼の舌先が自分の唇を撫でるの
を感じ、やがてお互い、求めあうように舌を、唇を、吸った。
 彼の指が、舌が、自分の身体を這う。その度に、自分の意志と裏腹に、
しかしそれに抵抗することなく、口から声を漏らしてしまう。
 やがて、彼は内股に口付けて、あくまで優しく、脚を開かせた。その場
所を初めて異性に見られると言う事実に、急に羞恥心が頭の中で膨らんで
くる。

「カイ兄さん……恥ずかしいよ…」

 不安を口にしても、彼は言葉では何も答えなかった。その代わり、自分
の大好きな優しい微笑みを見せて、頭を撫でてくる。それで充分だった。
完全にではないが、かなり不安が薄らぐ。

「あぅ…」

 股間に、彼の舌がそっと這う。その舌先が押し付けられる度、勝手に腰
が震えてしまい、また、声が漏れる。そのうちに、彼の舌と指が、自分の
中に埋まろうとしてきた。

 身体が勝手に跳ねる。ひときわ大きい声を上げてしまう。

 彼のもう一方の手が自分の太股を擦り、肩に担ぐようにして開いていく。

 やがて彼が、身を起こし、また、自分の頭を撫でた。

 けれど、その顔は、先程までと違って、いやに冷たく見えた。


 その顔に、心がきしみを上げた。

 逞しい身体に、亡くした義兄(あに)を重ねている。

 鮮やかな金髪に、亡くした親友(とも)を重ねている。

 それはわかっていた。彼への裏切りになるかもしれない。
 それでも、想いは止められなかった。その2人と同じくらい、愛しい存
在なのだ。

 けれど。

 そのことが、少女を不安にさせる。

 2人の兄、そして親友。
 大切な人が、ひとり、またひとり、消えていく。

 自分は、なす術もなくて――

 この人も、消えてしまうのだろうか?

 嫌だ。それだけは嫌だ。

 例え、彼が本当に求めている相手が、自分ではなかったとしても――


 一瞬だったが、鋭い痛みに、意識が引き戻される。
 彼が、自分とひとつになっていた――――