さほど深くない林の中に、明かりが灯っている。
光の源は焚き火。
その焚き火の、ぱちぱちと薪の爆ぜる音を聞きながら
ジェンドは木の幹を背にして剣の手入れを、
隣のカイは地図を指でなぞって道を確認していた。
「なあジェンド、今後の進路なんだけど」
「…………」
「ジェンド? 聞いてるか?」
「……るさい」
「え? 何だよ、ジェ」
「うるさい、黙ってろっ」
一方的な怒りに苦笑するカイ。
無愛想でつっけんどんなのはいつものことだが、今夜のジェンドは
それ以上に不機嫌のようだ。
「おい、何ピリピリしてるんだヨ」
「うるさいと言ってるだろう。
 私のどこがピリピリしてるって言うんだ貴様」
「どこって言いようがないほど全体的にさ。
 あのビラビラの服のコト、まだ腹立ててんのか?」
ひょんなことから、ジェンドはある老人の孫娘を演じることになった。
そのときに見せた、彼女の可愛らしいスカート姿。
あまりにも大きな普段とのギャップに、カイは笑いを堪えるのも必死だった。

今日の昼、老人の最期を見届けて、三人と一匹は旅を再開した。
あの老人は、死ぬ前に愛しい孫と「会えた」のだから幸せだったとカイは思う。
しかし、心優しい十六夜は少なからずショックを受けたようだ。
ずっとどこか元気がなく、夕食を取ってすぐに眠りについてしまった。
そして。
「フン、べつに……」
さすがのジェンドも、何か思うことがあるのだろう。
威勢のよさが削がれている。
暗く落ち込みかけた場の空気を和ますように、カイはおどけて言った。
「いやージェンド、意外とけっこう可愛かったよナ」
その一言に、ジェンドの動きが一瞬止まった。
(……あれ?)
「き、貴様、フザけたことを言うなっ」
すでに眠っている十六夜のことなど頭にないようで、ジェンドは声を張り上げて
カイを睨みつけた。
大きな岩を片手に威嚇する姿は、いつもの乱暴なダークエルフだ。
けれどあの明らかな動揺を見逃すほど、カイは鈍感ではない。
ははーん、と青い瞳がいたずらっぽく笑う。
「ジェンド。ひょっとして俺が笑ったの、寂しかった?」
「は!?」
「だから機嫌悪いんだったりして」
ジェンドは言葉を失い、目を見開いた。
色の濃い頬が少し赤く染まって見える。

「な、どっ、どうして私が」
「似合うとか可愛いとか、言ってほしかったんだろ」
「冗談抜かせ! そんなこと、誰が思うかっ」
「お前、本当にウソ好きだナ」
本音の見え透いた強がりに、カイはひらりと地図を地面に置いた。
ジェンドの全身から警戒のオーラが出ているが、お構いなしにその肩に手を置く。
警戒が恥ずかしさからの偽装である証拠に、ジェンドはカイから逃げようとしない。
カイは彼女の唇に、軽く触れるだけの口付けを落とした。
「ホントに、可愛かったよ」
間近で見る男の表情は優しくて、ジェンドは赤い顔でぐっと言葉に詰まる。
「……カイ、貴様……」
「何? 『愛してる』? 俺もだよ、ジェンド」
「違っ……! な、何、」
「何してるの?」
「そうだ、何してるんだ! ……って、え?」
二人がぽかんと見上げた先には――眠そうな目をこすりながら、十六夜が立っていた。
「いっ、十六夜……お、起きてたのか?」
「ん……さっき、ジェンドの声が聞こえたカラ……どうしたのカナって思って」
おそらく、ジェンドが声を張り上げたときのことだろう。
今のジェンドは反対に、声も出せずに頬を引きつらせている。

「ねえ、二人で何してるの?」
「シャギャ?」
無邪気に尋ねる十六夜と、彼の足元で同じく眠そうにまばたきをしているツァル。
引きつった笑顔を慌てて作って、カイはどう誤魔化そうかと
「えーと」と口を開いた。
「いやこれわだな十六夜、そのつまり――うぐっ!」
冷や汗をかくカイを、すっかり慣れた衝撃が襲う。
一瞬のうちに、彼は大きな岩の下敷きになっていた。
「さあ十六夜、寝るゾ」
「えっ、カイは?」
「いいんだ、あいつは岩の布団が好きなんだと」
「へー、カイすごーい!
 あれージェンド、顔真っ赤だヨ? 熱あるんじゃナイ、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ、これはその……いや、赤くない、私は赤くなんかないゾ!」
「ジェンドってば照れ屋サンなんだから……ぐはっ」
無言で飛んできた岩が、もうひとつカイにのしかかる。
かなり重く苦しいはずだが、ジェンドはもちろん、彼女に促されて寝袋に収まる
十六夜やツァルがそれを気にする様子はまったくない。
(いろんな意味で痛いんですケド……)
下手に口を開けば、また岩が飛んできそうだ。
肉体的ダメージと精神的ダメージのあわせ技に、カイはひとり涙するのだった。

  終