久しぶりに大きな町で宿を取った日の深夜、カイはベッドに横たわってぼんやり宙を眺めていた。
心地好い気だるさとまだ熱の残った布団が、済んだばかりの情事を語っている。
そして隣に目をやれば、色の濃い肩と肩甲骨が、月明かりに照らされて見えた。
(まったく、つれないナァ)
恥ずかしいからか、普段のクールさをすぐに取り戻すからか。
ジェンドは大抵、コトが終わるとカイに背を向けて眠る。
今日もそうだ。
カイは、静かに小さく上下する肩のラインを見つめた。
(……よく、あんな細い腕で頑張れるもんだ)
ジェンドの腕は、筋肉がついているにも関わらず細い。
いや、腕のみならず、彼女は全体的に華奢なのだ。
たしかに一般の女性に比べれば逞しいだろうが、男、それも戦士や鍛えた人間の前では
どうしても頼りなく見えてしまう。
そんな体で、今まで戦って生き抜いてきた。
未だ落とさずにいられる命の代償か、彼女の全身には傷跡がちらほら見受けられる。
「痛々しいんだけどな……」
男かと思うほど乱暴でも、恐ろしいほど無愛想でも、彼女は女。
正直、生傷なんか作ってほしくない。
けれど相手はジェンドだ。
戦うな、無茶するな、なんて言ったところで聞いてもらえるわけがないだろう。
こんなに頑固な女は今まで、恋人はもちろん、好意を持ったことさえない。
「厄介な奴、好きになっちまったナ」
「……誰が厄介だ」

意外にも、不満の声が上がった。
まさか返事があるとは思わなかったので、カイの口から思わず苦笑が漏れる。
「聞こえてた?」
「聞こえないと思うか? この距離で」
ごもっとも。
カイは頬を掻いた。
向こうを向いたまま憎まれ口を叩くジェンドの表情は見えないが、間違いなく穏やかな顔は
していないだろう。
「あはは、ごめんごめん」
裸の彼女を後ろから抱きしめる。
滑るような肌の感触が気持ちいい。
ジェンドの肩がすっぽりと腕の中に収まってしまうと、見た目以上に細さを感じた。
「……ジェンド」
そして、その細い体に点在する、小さな傷跡。
やっぱり痛々しくて、きゅっと腕に力を込めた。
「なんだ」
「あ、いや……お前……、お前の体、柔らかいナ〜なんて」
「変態か貴様。放せ、鬱陶しい。私は眠いんだ」
ベッドの上で恋人に告げるべき台詞ではない。
しかし、ジェンドは実にあっさりと、低い声で言い放った。
「眠いって、起きてたくせに」
「貴様が傍でうるさくしゃべるから、目が覚めただけだ」
言われるほどうるさくした覚えはないのだが。
カイはこれ以上ジェンドの機嫌を損ねないよう、彼女に聞こえないようにこっそり笑った。

「じゃあ、もうしゃべんねーカラ。それなら、こうしててもいいだろ?」
嫌だと言われても放すつもりはなかったが、一応お願いする口調で尋ねる。
少し間を置いて、ジェンドから面倒くさそうに言葉が返ってきた。
「……勝手にしろ」
「サンキュ」
相変わらずの冷たい口調。
けれど、彼女の気持ちは決して冷たくはない。
普段は優しさなど皆無のジェンドが心を許してくれている、その事実がカイには嬉しくて、
少しくすぐったくもあった。
そうだ。厄介な相手かもしれないけれど、この気持ちはほかの誰だって味わえないのだ。
彼女とこんなふうに接することができるのは自分だけ。
あのジェンドが、こちらの思いを受け入れてくれたことだけでも感謝しなくてはならない。
あれこれと望むのはきっと贅沢というもの。
「おやすみ、ジェンド」
「……ああ」
まだ外は暗いが、あと数時間で日が昇ってしまうだろう。
せっかく、久しぶりにあたたかいベッドにありつけたのだ。
余計なことは考えずに、今はもう寝ようと思った。



   終わり