蒸し暑くて寝苦しい夜だ、カイは何度目かわからない寝返りをしたあと、
寝る努力を放棄してベッドから這い出す。そして必要最低限の装備を整え、
部屋から出る。特に深い考えがあったわけではない。
外の風に当たれば少しは気が紛れるだろうと、その程度の事をゆだった頭で考えていただけだ、
なんなら酒場に繰り出すのも良いかもしれないと思いつく。
そうだ、酒を少々飲んでほろ酔い気分になれば気持ちよく眠れるだろう。
なんと素晴らしいアイデアと自画自賛しながら、早速そのアイデアを実行に移すべく宿の出口に向かう。

宿の出口に向かう途中、十六夜とジェンドが泊まっている部屋の前を通る事になる。
最近十六夜とジェンドは仲が良い。何時も一緒に居るし、宿でも同じ部屋で寝ている。
仲が良いのは結構なことだと考えながら部屋を通り過ぎようとすると、
中からギシギシとベッドが軋む音と、二人の声が聞こえてくる。
「ふぁ!ジェンド、ボク、もう…」
「十六夜、十六夜、…んっ!」
「んぅ…ん…」
この蒸し暑い夜でもとても仲が良いようだ、仲が良いのは本当に結構なことだ。
声を抑えてくれるともっと良いのだが。

十六夜とジェンドの部屋の隣はイリアが泊まっている部屋だ。
イリアは昔見たときよりずっと大きくなっていたなと、ふと場違いな感慨にふけりながら
部屋の前を横切ろうとすると、中から押し殺した声が微かに聞こえてくる。
「シオン…あ、ふぅ…ん」
「ん…んっ!」
本当に大きくなったんだね、アメのお兄さんも嬉しいよ。
ザード、君の妹は立派に成長してるよと、今は居ない親友に心の中で話しかける。

外にでると宿ほどは蒸し暑くない、むしろ夜風が心地よいくらいだ。
深呼吸を一つして酒場に向かってカイは歩き出した。